第78話 テスト勉強
急いで千歳の待つ家に向かうと、ジムの前で英雄さんと会い、話しながら家の中へ。
英雄さんは、俺が「千歳から勉強を教わる」と聞くと、なぜか嬉しそうな表情をしていた。
キッチンに入り、お母さんが食事をテーブルに並べながら切り出してくる。
「ご飯、食べてきた?」
「はい。 サンドウィッチ食ってきました!」
「ちゃんとした食事取らなきゃだめよ? ボクサーは体が資本なんだから」
お母さんの言葉を引き金にするように、英雄さんはトレーニングの話を始める。
『英雄さんとこんな普通に話せるなんて… 夢じゃねぇよな?』
現実とは思えない光景を目の当たりにすると、胸が弾むばかり。
「ストレッチかぁ… 俺、体固いんすよねぇ」
「これからテスト勉強するんだろ? 勉強に疲れたらストレッチしろよ。 千歳、手伝ってやれ」
「ふぁ~い」
背後から聞こえてきたと気のない返事に振り返ると、千歳は呆れた様子で立っていた。
一気に緊張が押し寄せ、英雄さんとお母さんを見送った後、千歳の部屋に向かっていた。
殺風景な千歳の部屋に入り、ベッドを背もたれにしながら座り、英語を教わっていたんだけど、英語なんかよりも、私服姿の千歳のことが気になって仕方ない。
必死に英語を教わってくれる千歳の横で、頭を抱えながら千歳を見ないようにしていたんだけど、腕が少し触れるだけで、心臓が飛び跳ねそうになっていた。
頭を抱えたまま、しばらく教わっていると、いきなりドアが開き、カズさんがケーキと紅茶を運んできてくれた。
「無い頭に一気に詰め込もうとしたって無理なんだから、のんびりやれよ」
笑いながらそう告げてくるカズさんの言葉に、軽く傷つきながらも、頭を抱えて教科書を睨みつけるばかり。
カズさんが部屋から出て行ったあと、千歳は当たり前のようにケーキを食べ始めていた。
その姿を見ていると、以前、春香が「あーん」と言いながら、口元にケーキを持ってきた光景が、頭の中に過る。
思い出したくもないことを思い出し、軽くイラっとしながら、ケーキを刺したフォークを持っている千歳の手をつかんで、自分の口元に運び、黙ったまま一口食べた。
記憶を塗り替えるように何度も千歳の手をつかんでは、自分の口元に運び続けていると、千歳が切り出してきた。
「自分の食べなよ」
『あーんして欲しいんだよ』
なんてことは言えないまま、黙ったまま同じ行動を繰り返していると、千歳ケーキが無くなっていた。
千歳はケーキを俺に食べられてしまったことに苛立ったのか、不貞腐れながら教科書を見始める。
ケーキをフォークで刺し、千歳の口元に運んだんだけど、千歳はケーキをじっと見るだけで、食べようとはしない。
「ほら。 早く。 落ちる」
千歳は思い切ったようにパクっとケーキを食べると、口元に生クリームがついていた。
『あ… キスで取りてぇ…』
出来る訳の無いことが頭を過っていると、千歳はティッシュで口を拭ってしまう。
ケーキを全て食べさせた後も、千歳の唇が気になって仕方ない。
「よし! ストレッチしようぜ!」
気分を切り替えるように、教科書をたたみながらそう告げると、千歳はテーブルを端に移動させ、ストレッチをし始めたんだけど、千歳は思った以上に体が柔らかい。
当たり前のように180度開脚を見せつけられ、呆然としてしまった。
『何この軟体動物…』
千歳は足を広げる俺の背中を押してくれたんだけど、少し前かがみになっただけで、裏腿にピーンと痛みが走る。
「痛ぇって!!」
「固すぎだよ。 もう少し柔軟性高めないと、ケガするよ?」
千歳は普段自宅でできるストレッチ方法を、自分でやりながら教えてくれていたんだけど、その真剣な表情に愛おしさを感じていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます