第77話 緊張

翌朝。


少し早い時間に家を出ると、千歳が学校に向かって歩いている後ろ姿が視界に飛び込んだ。


慌てて千歳に近づき、隣に並んで歩いたんだけど、声を出そうとするたびに、なぜか緊張が走ってしまう。


ラインでは、次々に言葉が浮かんでくるのに、直接顔を見ると話せなくなってしまうことに、もどかしさを感じていた。


黙ったまま学校についてしまい、テストを終えた放課後。


帰宅しようと歩いていると、またしても千歳の後ろ姿を見つけ、慌てて駆け寄った。


千歳はまっすぐに前を向いたまま歩き、話しかけようとはしない。



『何か話さなきゃ!!』



頭の中で、話しかける言葉を考えていると、千歳のじいちゃんの家が徐々に近づいてくる。


「べ、勉強教えて」


必死に考えた結果、口から出てきたのは、たいして重要でもない言葉だった。


『俺、めっちゃダセェ…』


自分のバリエーションのなさにがっかりしていると、千歳は少しうつむきながら切り出してきた。


「あんま成績良くないよ?」


「俺よりはいいだろ? …ダメ?」



『もっと他に言うことがあんだろ… なんで何も浮かんでこねぇんだよ… こんな普通の誘い方、どうせ断られるに決まってる』


自分自身に嫌気がさしていると、千歳は少し口を尖らせながら、小声で告げてきた。


「…別にいいよ」


思いもしない言葉に、思わず笑みがこぼれ、勢いに任せて切り出した。


「うち行こうぜ!!」


「家!? なんで!?」


「誰もいないし、うちの方が近いし。 …千歳の部屋でもいいけど」


「うちにしよう?」


『やっぱりうちはダメか…』


不安そうに告げてくる千歳に、ため息をついた後「んじゃ、飯食ったらそっち行くわ」と言い、自宅の方へ向かっていた。


『なんで緊張してんだろうな… 千歳にビビってるから? もっとカッコよくスマートに誘えたら、断られないのかなぁ…』



途中でコンビニに寄り、自宅に戻った後に急いで着替え、サンドウィッチを食べて千歳の家へ向かう。


急ぎ足でコンビニの前を通り過ぎようとしていると、コンビニの方から声をかけられ、顔を向けるとカズさんが駆け寄ってきた。


「テスト期間中にジムか?」


「千歳に勉強教わるんです。 昼飯っすか?」


「そそ。 昨日は売れ残りがあったけど、今日は既に完売状態だから、仕込み終わったら帰るよ。 昨日の売れ残りがあるから、後で持って行ってやるよ」


「あざっす。 って、ウェイト大丈夫かな…」


「食ったカロリー分動けばいいんじゃね? つーか、あのトレーニングウェア、臭い取れないぞ? ちーが必死に洗ってたけど、ありゃ無理だな。 俺の古いやつで良ければやるよ。 この前、新しいの買ったばっかだし。 Lだけどいいか?」


「マジっすか!? マジ嬉しいっす!!」


「んじゃ、更衣室のロッカーに入れておくな」


カズさんはそう言うと、店の方に向かっていた。


『カズさん、やべぇ位にかっこいいなぁ… さすが英雄さんの息子。 千歳もあり得ないくらいにかっこいいし、ヨシ君は…… ま、いっか』


カズさんの小さくなっていく背中を追いかけるように歩き、千歳の待つ自宅へと向かっていた。

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