第76話 お願い

試験前の部活休止期間中、一人で自宅に帰り、ボーっと教科書を眺めていた。


試験前ということもあり、英雄さんが「学生の本業は勉強だ。 しっかり勉強しろ」と切り出してくれたおかげで、ジムに行くこともないんだけど、頭の中は千歳ばかり。


『勉強きっかけにしたら、千歳と二人きりになれんじゃね?』


そう思い立ち、千歳にラインを送ろうと思ったんだけど、またしても誤って≪愛してる≫のスタンプを送っていた。


『最近、スマホ調子悪いな… 変え時かな』


そんな風に思いながら、普通にメッセージを続けていた。


≪勉強教えて~≫


普通に送ったつもりのメッセージは、既読が付くんだけど、返事が来ない。


しばらく待っていたんだけど、返事が来ず、続けてメッセージを送った。


《頼む! ちゃんと聞くから教えて!! マジ愛してる!!》


結局、千歳からの返事はなく、がっかりと肩の力を落としていた。


『調子こいて≪愛してる≫とか送るからこうなるんだよなぁ… また怒らせちった。 あーあ。 ジム行こ』


勉強を投げ出し、トレーニングウェアに身を包んだ後、ジムに向かって駆け出していた。


ジムに入ると、凌と畠山君がミット打ちをしている最中で、英雄さんは呆れかえりながら切り出してきた。


「お前らなぁ… ちったぁ勉強しろよ」


「英雄さんも学生時代、勉強したんですか?」


「したよ。 ボクシングの」


なぜか偉そうに言い切る英雄さんに、それ以上何も言えずにいると、吉野さんが2階に上がり切り出してきた。


「奏介悪い。 手伝ってくれ」


不思議に思いながら吉野さんの後を追いかけ外に出ると、吉野さんは雨どいの修理をしていたようで、脚立に上り「下、抑えててくれ」と切り出してきた。


言われた場所を抑えながら立っていると、突然『バキ』っという音がするとともに、泥水が頭の上から勢いよく落ちてくる。


「クサ!!」


吉野さんの声が聞こえると同時に、何とも言えない異臭があたりに漂い息ができないでいた。


すると背後から、英雄さんの声が聞こえてくる。


「奏介クサ!! お前クセーからうちで風呂入れよ」


何とも言えない気持ちのまま、ジムに来たことを後悔しながら自宅に行き、英雄さんはバスタオルで浴室までの道を作り、鼻をつまんだまま切り出してきた。


「着替えあるのか?」


「1階のロッカーに予備があります」


「クセーから早く入れよ。 持ってきてやる」


英雄さんは逃げ出すように自宅を後にし、不安になりながらも浴室へ。


泥水を洗い流し、臭いが残らないよう念入りに頭を洗っていると、英雄さんが着替えを持ってきてくれたようで、ドアの向こうから声をかけてくれた。


『優しいんだけどさぁ… なんかズレてるような気がするんだよなぁ… いろいろと』


そう思いながらシャワーを浴び終え、持ってきてくれた着替えを着ていると、いきなり浴室のドアが開き、千歳の姿が視界に飛び込んだ。


「だあああ!! ごめん!!!」


千歳は叫びながら慌てたようにドアを閉め、急いでTシャツを着た後、ドアを開けると、千歳はドアの横に立ち、うつむいていたんだけど、千歳の顔を見た途端、一気に緊張が走り、言葉がを失ってしまった。



「…出るとこだから」



必死に声を絞り出し、自宅を出た後、大きく息を吐く。


ふと汚れた服を置きっぱなしにしてしまったことに気が付き、ジムに行き、英雄さんにそのことを告げた。


「今、ちーが入ってるんだろ? 明日、取りに来いよ。 今日は帰って勉強しろ」


仕方なく、そのまま帰宅したんだけど、自宅に帰ると同時にスマホが鳴り、千歳からラインが来ていた。


【臭いの洗っておいたけど、まだ臭かった。 加齢臭?】


≪ちげーわ! 吉野さんにお願いされて、雨どいの修理手伝ったら泥水被ったの!≫


その後もくだらないラインのやり取りを繰り返し、胸の奥が暖かくなるのを感じていた。

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