第74話 食事
千歳と普通に会話をして以降、千歳はなぜか俺を避けるようになっていた。
学校ですれ違ったときに、見て見ぬふりをされるのはいつものことなんだけど、朝の登校時や、下校時に、千歳の後ろ姿を見つけ、駆け寄ろうとすると、いきなり走り出してしまい、追いつけないまま学校へ。
部活も相変わらず陸上部ばかりだし、ジムへも顔を出さなくなっていた。
『俺、変なこと言ったかなぁ?』
そう思いながら考えてみても、心当たりが全くなく、不思議に思うばかりだった。
そのまま数日経ったある日のこと。
ジムでのトレーニングを終え、カギを返しに自宅へ行き、インターホンを鳴らすと、家の中から英雄さんの声が聞こえてきた。
「ちー、奏介だから出てくれ」
期待に胸を高めていると、カギの開く音はしたんだけど、ドアが開かない。
しばらく待っていたんだけど、ドアが開くことはなく、自分でドアを開けると、千歳の姿はなかった。
『顔を合わせたくないってこと? あいつ、マジ何なの?』
軽く苛立ちながら、奥にいる英雄さんに声をかけた。
「英雄さん! 鍵、いつものところにかけておきますね~!」
「あれ? ちーは?」
英雄さんは、奥から出てきながら俺にそう声をかける。
「見てないですよ。 鍵だけ開けて上に行ったんじゃないっすか?」
「ホントかよ… なんか悪いな」
「いえ、大丈夫っす」
すると、お母さんが奥から顔を出し、切り出してきた。
「一人暮らしなんでしょ? ごはん食べて行ってよ。 ヨシ、智也君の家に泊まりに行っちゃって、余ってるのよ」
「いえ、大丈夫っす。 走って帰らなきゃいけないんで…」
そう言い切ると、ドアが開き、和人さんが帰宅し、俺に話しかけてきた。
「よお。 今帰りか?」
「ああ。ちょうど良かった。 カズ、奏介が飯食って帰るから、送ってってやってくれよ」
「ん。 いいよ。 早く食おうぜ」
和人さんは英雄さんの提案をあっさりと受け入れ、俺の背中を押してくる。
半ば強引にキッチンにある椅子に座らされ、食べ始めたんだけど、温かく美味い食事に感動していると、カズさんが切り出してきた。
「奏介、お前普段何喰ってんの?」
「弁当ばっかです。 コンビニと弁当屋でローテ組んでます。 料理できないんで」
「飽きるだろ?」
「そんな贅沢言ってらんないすよ。 食えるだけで十分です。 今、美味すぎてめっちゃ感動してます」
「あら。 嬉しいこと言ってくれるじゃない。 いっぱい食べてね」
お母さんは優しく微笑みながらそう言い、英雄さんは何かを考えるように腕を組んでいた。
食べ終えた後、お礼のつもりで皿洗いをし始めると、お母さんは喜びの声を上げていた。
「うれしいことばっかりしてくれるわねぇ。 千歳にも見習ってほしいわ」
「千歳って皿洗いしないんですか?」
「全然。 あの子、トレーニング以外しないわよ? どっかの誰かさんに似ちゃってね」
お母さんの言葉を聞き、英雄さんは聞こえないふりをし続けている。
ごくごく普通の会話なんだろうけど、その小さく何気ない一つ一つの会話が、すごく新鮮に感じ、何よりも羨ましく思えていた。
『そっか。 俺、ずっと親父と二人だったから、こういう家庭の会話って知らないんだ。 いいなぁ…』
少し寂しく思いながら皿洗いを終え、和人さんのバイクで自宅に送ってもらっていた。
バイクを降りた後、和人さんにヘルメットを返しながら切り出す。
「和人さん、ありがとうございました」
「カズでいいよ。 ストレッチしてから寝ろよ?」
「はい。 あの… あ、やっぱいいです」
「なんだそれ?」
「何でもないです! またジムに行きます!」
はっきりとそう言い切ると、カズさんはクスッと笑い、「じゃな」といった後、バイクで颯爽と走り去っていた。
『かっこいい… あんな兄貴が欲しかったなぁ…』
千歳とヨシ君のことを羨ましく思いながら、一人真っ暗な自宅へ戻っていた。
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