第72話 距離

部員のみんなで中田ジムに移動し、縄跳びを飛んでいると、英雄さんが俺に駆け寄り、話しながら紙を手渡してくる。


「これが俺のトレーニング内容だ。 休みの日は、ちーもやってるぞ」


手を止め、畳まれた紙を開いてみると、そこにはトレーニング内容が書かれていたんだけど、それを見ただけで呆然としてしまう。


ーーーーーーーーーーーーーーー

・ストレッチ20分 

・ロードワーク10キロ 

・腕立て、腹筋、背筋、スクワット30×3 

・シャドウボクシング 3R 

・サンドバック 5R

・パンチングボール 3R

・ミット打ち 6R 

・スパーリング 5R

・縄跳び 3R


1R:3分 休憩:1分

ーーーーーーーーーーーーーーー


『マジか… これが1日のメニュー? …プロってやっぱり厳しいんだな』


紙を見ながら筋トレを始めていたんだけど、シャドウボクシングだけでクタクタに。


「いきなり全部熟そうとしたって無理だから。 徐々に増やしていけ」


英雄さんは笑顔でそう言ってくれたんだけど、ヨシ君がジムに顔を出した途端、顔色を変えていた。


「ヨシ、お前、俺に言う事あるだろ?」


「え? 親父に言う事? 何?」


「俺の信玄餅食ったろ?」


「あ… あれってちーのじゃないの?」


「違うわ! 減量中なんだから食ってんじゃねぇ!!」


「たまには良いかなって思ったんだって! てっきりちーのだと思ってたのに…」


「ちーは存在すら知らねぇわ!!」



『教えないんだ…』


そう思いながらシャドウボクシングを続け、途中、吹き出しそうになりながらも、親子喧嘩に耳を傾け、羨ましく思っていた。



結局、シャドウボクシングの途中で時間が来てしまい、紙に書かれたトレーニング内容の半分も出来ずにいた。



翌日も、紙を参考にしてトレーニングを途中で終えると、英雄さんが切り出してきた。


「奏介、学校からここまで何できてる?」


「バスです」


「バス? 学校終わった後、走ってここまで来ればロードワークの10キロくらいにになるだろ?」


「あ、そっか…」


「…まぁいいや。 明日から走れ。 帰りも走れよ?」


「はい」


英雄さんの厳しくも優しい言葉に小さな感動を覚えつつも、自宅に向かって走り出していた。



数日後。


ジムでトレーニングをしていると、ジムの扉が開き、千歳が中に入るなり、英雄さんとヨシ君が駆け寄っていたんだけど、千歳が何かを話した後、英雄さんは嬉しそうに手を叩き、喜んでいた。


「そうか! 3000メートルで1位か!!」



『え? 今日って陸上の大会だった? 1位?』


手を止め、呆然としながら千歳を見ていたんだけど、結果を出した千歳は、どんどん遠くに行ってしまいそうな気がしてしまう。


『あの頃と同じだ… 近づきたいけど近づけない、あの頃と同じだ…』


ガラスの壁越しに、ずっと見ていたことを思い出し、記憶を振り払うように、サンドバックを殴り続けていたんだけど、寂しさは膨らむばかり。


『もっと頑張って追いつかないと、千歳と並んで歩けない。 千歳は影でものすごい努力をしてるんだから、人一倍頑張って追いつかないと…』


部活の時間が終わった後、みんなは帰っていたんだけど、早く千歳に追いつきたくて、英雄さんにお願いし、トレーニングを続けていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る