第71話 提案

凌の話を聞いた翌日の部活時。


部室で着替えようとしていると、谷垣さんと千歳が部室に現れ、谷垣さんが切り出してきた。


話の内容は、昨日凌から聞いた話だったんだけど、話の途中から千歳はうつむき、落胆の色を隠せないでいた。


「教育委員会からの命令で、3か月間の活動停止になった。 それと、この前の試合は無効試合だ」


『廃部じゃなくてよかった… 停部中は、ジム通いするかな』


谷垣さんがため息交じりに言い切る中、そう思っていると、千歳は勢いよく頭を下げながら謝罪をしてくる。


「大変申し訳ありませんでした!!」


「何言ってんの? 千歳は悪くないし、悪いのは松坂だろ? あいつ、負けた試合は全部無効試合にしてるんじゃね?」


思わず声を上げると、みんなは笑顔で同意するような言葉を口々に並べ、千歳は驚いた表情のまま顔を上げていた。


「千歳が責任を感じることはねぇよ」


みんなの声に埋もれたまま、はっきりとそう言い切ると、千歳は谷垣さんに切り出した。


「谷垣さん、部活としては活動できないけど、個人でトレーニングはしていいんだよね?」


「ああ。 問題ないぞ。 こっちは悪いことをしてないんだし、自主トレ期間として受け取ってくれればいい」


「学校終わった後、みんなで集合して自主トレするのも問題ないよね?」


千歳の言葉でハッと気が付き「まさかお前…」と言いかけると、畠山君も「無理すぎるだろ?」と声を上げた。


千歳は自信満々の表情で「交渉してみる」と言った後、すぐに電話をし始める。


千歳がスピーカーにしながら事情を話すと、英雄さんは快くOKし、「全員、体験入会として対応してやる。 これから部活ならすぐに来い」と言い切っていた。


『こいつ… 無茶苦茶すぎるだろ… 俺なんて完全に諦めて、自分のことしか考えてなかったのに、みんなが喜ぶことを、簡単に成し遂げやがった』


英雄さんと電話で話す千歳を見ていたんだけど、なぜかいつもよりも、キラキラと輝いて見えていた。



荷物を持って部室を後にし、途中から薫が輪の中に入り切り出してきた。


「中田さん、すごいよね。 あんな発想、僕にはできないよ」


薫と話しながらバスで中田ジムに向かったんだけど、ジムに入るなり、英雄さんが話しかけてきた。


「奏介、畠山、お前らも体験扱いにするか? それとも、一つ上のトレーニングにするか?」


「一つ上? ですか?」


「停部中、みんなは体験だからタダだけど、二人は月謝を取ることになるからなぁ。 もし、このまま会員として、部活以外の日にもトレーニングに参加するなら、俺が世界チャンプ時代にやってたトレーニング内容に変えるぞ?」


「お願いします!!!」


思わず声を張り上げてしまったんだけど、畠山君は困惑した表情を浮かべ、切り出してきた。


「俺、来年受験じゃないっすか。 親が『勉強に集中しろ』ってうるさいんすよね… ヨシ君みたいに、ボクシングの強豪大学に行けるほど実力もないし… 結果も残せてないし…」


「そうか。 まぁ急な話だし、ゆっくり考えろ。 体験として部活の時だけ来るなら、一時退会すればタダでトレーニングできるし、停部が明けたら戻ればいいだけの話だ」


英雄さんはそう言いながら畠山君の肩を叩き、畠山君は迷った様子で頷くだけだった。



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