第69話 虚言

「奏介、明日ジム行く?」


部活を終えた後、部室で着替えていると、畠山君が切り出してくる。


「あ~… 明日って午前中部活だよね? 午後から行こうかな…」


「愛しの最強ちーちゃんに会いに?」


「あいついつもいないし…」


「否定しねぇんだ。 つーか急がないと先に帰っちゃうんじゃね?」


畠山君の言葉に、慌てて着替え、部室を飛び出した。


急いで玄関に向かうと、門の前に千歳と春香が立ち、何かを話している。


『マジうざい』と思っても、千歳がいるせいで裏門から帰ることができず、急いで千歳に駆け寄ると、千歳の声が聞こえてきた。


「…あれ、兄貴だけど」


急いで千歳に駆け寄り、「行こうぜ」と切り出した後、並んで歩き始めたんだけど、春香が後を追いかけてくる。


「いい加減、しつけぇよ」


「ちゃんと聞いてよ!」


足を止め、振り返りながら言い切ると、春香は当然のように反論してきたんだけど、聞き入れるつもりもなければ聞く気もない。


『どうせ、また嘘を重ねるだけだろ?』


思わずため息をついてしまうと、千歳が切り出してくる。


「聞いてあげれば?」


千歳はそう言いながら歩き始め、慌てて千歳の腕をつかみながら、春香に切り出した。


「何?」


「二人で話したい」


「嫌だ」


「なんで? なんで嫌なの?」


「二人でいたくないから」


はっきりとそう言い切ると、春香は目に涙をため、その場で切り出し始めた。


「本当はね、お父さん、ガンで入院中なの。 だから、会わせることができないの」


「父さんって誰の事言ってんの?」


「元世界チャンプの中田英雄。 奏介が会いたがってた人」



思わずポカーンとしてしまい、ふと千歳を見ると、千歳は口を少し開け、間抜けな表情をしている。


『あ、この顔、めっちゃ可愛い』


千歳の間抜けな表情に見惚れていると、春香は涙目になりながら切り出してきた。


「お父さん、全身ガンのステージ4でICUから出ることができないの。 人工呼吸器を使って、辛うじて呼吸ができる状態だから、奏介が『会いたい』って懇願しても、会わせることができないの。 でもね、一般病棟に移った後なら、会わせることができるから、やり直してほしい…」



息を吐くように嘘をつく春香に呆れ返り、千歳に切り出した。


「どう思う?」


「何が?」


「中田英雄さん、全身ガンのステージ4で、ICUに入ってるんだって」


「秀人さんの間違いじゃない?」


「だったら俺には関係ないな。 俺が憧れてるのは英雄さんだし」


そう言い切った後、千歳の腕を引っ張り、歩き始めようとしたんだけど、、春香は俺の前に立ち塞がり「信じてよ!」と怒鳴りつけてくる。


『誰が信じられるかっつーの。 英雄さんは尋常じゃないくらいにピンピンしてるし、昨日だって智也君をミットでボコってたぞ?』


大きくため息をついた後、呆れたように切り出した。


「この期に及んでまだ嘘つくとかありえなくね? この前の招待試合の時、飛び入り参加してミット打ちしてた人が、俺が憧れてる中田英雄さん。 ちなみにこいつがその娘の中田千歳。 千尋っていうのは、俺の間違いだった」


はっきりと言い切ると、春香の顔はどんどん青ざめていき、小さく震え始めた。


「行こうぜ」


そう言いながら千歳の腕を引っ張り、歩き始めたんだけど、春香は呼び止めることも、追いかけてくることもなく、その場で立ちすくんでいるだけだった。


少し歩いた後、歩きながら千歳に切り出した。


「しっかし流石だよな」


「何が?」


「あの状況で『秀人さん』の名前が出てきたろ? 本物のちーじゃなきゃ出てこない名前だよな」


「そうかな? つーか、あの子、虚言癖無い? あそこまで平然と嘘をつけるって感心するわ。 父さんが聞いたらどんな顔をするか見てみたいね」


呆れ返りながらそう言う千歳の横顔は、昔の面影がはっきりと残っている。


『こんなに近くに居たんだな…』


千歳の腕をつかんだまま、嫌がられることもなく、肩を並べて歩き続けていた。

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