第68話 呼び方

翌日。


久しぶりにジムへ行き、サンドバックを殴っていると、吉野さんが2階に上がり切り出してきた。


「カズ、少し太ったんじゃないのか?」


「あ~。 全然動いてないですからねぇ…」


「バイクやめて走ってみれば? もしくは酒やめるとか」


「どっちも無理っすよ」


その後、二人でベンチに座り、少し話していると、奏介と畠山が2階に上がり、挨拶をしてきたんだけど、奏介は俺とは反対に、かなり痩せ、体が引き締まっていた。


「奏介、お前痩せた?」


「はい。 今61です。 59まで落とします」


「ライト級か。 ライバルが多いな」


「ヨシ君に言われたんです。 『ウェイトが同じになったら、思う存分遊んでやる』って」


「ヨシに? …いろいろ気をつけろ?」


それだけ言うと、ジムの扉が開き、珍しく千歳が中に入ってくるなり、親父が駆け寄り、切り出し始める。


「今日は陸上部ないのか?」


千歳は何も言わずに俺の隣に座り、シューズを履き始めたんだけど、親父はシカトされた事にムッとした表情を浮かべている。


「ちー、シューズいいや。 ミット持ってやるからハイキック打ってこい」


慌ててそう切り出すと、千歳はため息をつきながらシューズを脱ぎ、テーピングで足首を固定し始めていた。


親父はそれが気に入らなかったのか、「奏介! 早くしろ!!」と怒鳴りつけ、サンドバックを打たせ始める。


『…奏介、すまん』


頭の中で謝罪し、千歳のハイキックを受けていた。



しばらくトレーニングをしていると、ジムの扉が開き、桜が中に入ってきたんだけど、桜は俺を手招きしてくる。


千歳を休憩させ、桜のもとに駆け出すと、桜は小声で切り出してきた。


「ねぇ、元カノって『めぐみ』って言わない?」


「ああ、そうだよ」


「やっぱそうなんだ… 昨日、店に来たんだよね。 カズ兄に似たアイドルのストラップを携帯にジャラジャラつけてた」


「多分本物」


「やっぱり! 実はさ、カラーリングしてる時に、メールの中身が見えたんだけど、『偽物のくせにシカトしてんじゃねぇよ! クソカズ!』って送ってた。 すぐにエラーメールが来てたから、届いてないと思うけどね」


「マジで? 相当経つぞ?」


「執念ってやつ? もしくは相当暇かのどっちかじゃないかな? 仕事もしてないっぽいし、貢がせようとしてるのかも」


「そんな金ねぇよ」


「カズ兄は優しいからねぇ~」


桜はからかうような口調で中に入ってしまい、そのまま千歳の隣に座り始めた。



『偽物か…』



ため息をつきながらベンチに座ると、奏介が肩で息をしながら隣に座り切り出してきた。


「あの、今、『偽物』って聞こえたんですけど、千歳のことっすか?」


「千歳? いや? 違うよ」


「そうっすか。 良かったぁ…」


「なんか訳あり?」


「いえ、何でもないっす」


奏介はそういいながら立ち上がり、パンチングボールに向かい始める。



『その言い方、めちゃめちゃ気になるんだけど…』


トレーニングの邪魔をしてまで聞き出そうとは思わず、パンチングボールを殴る奏介の姿を眺めていた。


以前見た時よりも、はるかにレベルが上がっている奏介の姿を見ていると、なぜか羨ましく思えてきていた。



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