第66話 招待試合

文化祭当日。


朝から招待試合の準備に追われ、途中からみんなとアップをはじめ、薫は千歳と二人で会場作りをしていた。



千歳が救急箱の確認をすると、対戦校である、凌の学校の生徒たちがボクシング場に現れたんだけど、その中に、広瀬ジムで一緒だった『松坂達樹』の姿を確認していた。


達樹はなぜか偉そうに、ダラダラと歩き、挨拶もなしにベンチに座り始める。


『あのやろ… あいつのせいで俺は無駄な時間を…』


そう思うだけで、沸々と怒りがこみあげてくる。


一言言ってやろうと思ったとき、目の前に立っていた千歳が薫に切り出していた。


「誰あれ?」


「松坂達樹。 広瀬ジムで全戦無敗の男」


思わず口を挟むと、千歳は不思議そうな表情をしながら聞いてきた。


「全戦無敗?」


「そ。 俺も勝てたことがない」


「ふーん」


思わず口をはさんだ結果、千歳と会話をすることができたんだけど、それと同時に怒りが収まり、千歳の声を聴いただけで、安らぎに近いものを感じていた。


谷垣さんの話を聞いていたんだけど、千歳は達樹が気になるようで、チラチラと達樹のことを見ては、首をかしげるばかり。


谷垣さんの話が終わり、みんなは準備をし始めたんだけど、千歳は何度も首をかしげていた。


「さっきからどうした?」


「そんな強そうに見えないんだよなぁ… 弱い者いじめが得意なのかな? あの人、雑魚っぽいんだけどなぁ…」


ぶつぶつと独り言を言う千歳の言葉に、軽く傷つきながらも、みんなの準備を手伝っていた。



校内アナウンスが流れた後、続々とボクシング場に人が集まってきたんだけど、誰よりも早く来たのが、まさかの春香。


見て見ぬふりをし、ベンチに座っていたんだけど、すぐ後ろから刺すような視線を感じ、振り返ると春香とばっちり目が合い、慌てて荷物を持ち、千歳の隣に移動していた。



その後、谷垣さんと相手校の顧問がリングに上がり、ルール説明を開始。


2分3ラウンドの計6分、午前と午後で3試合ずつ行われる予定なんだけど、あれだけ自信満々に座っている達樹の名前は呼ばれなかった。


『出ないのに来た? なんで?』


疑問に思っていると、千歳が顔を近づけ、小声で聞いてきた。


「リベンジしないの?」


「したいんだけど、同じジムだからダメなんだと。 お前、陸上部にしか行ってないから、なんもわかんねぇんだよ」


ため息交じりに答えると、千歳は「そっすか」とだけ。



すると、入り口の方から地響きが起こりそうな低い歓声が聞こえ、視線を向けると、大きな紙袋を持ったヨシ君がボクシング場に入ってきた。


ヨシ君は、当たり前のように凌の前を素通りし、千歳の前に来るなり切り出してきた。


「忘れもん」


千歳の隣で袋の中を確認すると、そこにはグローブとシューズ、トレーニングウェアとマウスピースまでもが入っている。


「使わないよ?」


「終わったら付き合えよ」


「えー」


ヨシ君は千歳の声も聞かない間に、谷垣さんの元へ行き、千歳を指さしながら話し始めた。


「お前も大変だな…」


口から本音が零れ落ちると、千歳は不貞腐れたように唇を尖らせる。


『その顔、やばいかわいいんすけど、連れ帰っていいっすか?』


そんなことは言えないままでいると、ヨシ君は俺の隣に座り、話し始めたんだけど、ふと視線を向けると、凌が不貞腐れたように唇を尖らせていた。


『あいつはかわいくない』


ヨシ君と話しながらそう思っていると、第1試合が開始されていた。

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