第65話 後ろ姿

千歳が招待試合を手伝ってくれることになった日。


部活を終えると、千歳はさっさと帰ってしまったようで、急いで着替え、千歳の後を追いかけた。


しばらく走っていると、千歳の後ろ姿が飛び込んだんだけど、角からトレーニングウェアを着込んだヨシ君が現れ、千歳の元へ一直線に駆け出す。


千歳はヨシ君に気が付いていないようで、前を向いて歩いていたんだけど、ヨシ君の手が肩に触れた途端、千歳は振り返ると同時に、振りかぶることなくヨシ君の顔を殴ろうとしていた。


が、ヨシ君はいとも簡単に掌でパンチを受け止め、二人は少し話をしていた。


『え? ノーモーションで右ストレート打った? つーかヨシ君、あれを受け止めた? なんなのこの兄妹…』


一瞬の動作に何が起きたかわからず、思わず足を止めていると、ヨシ君は走り去り、千歳は歩き始めていた。



自宅に帰った後、スマホを眺めながら『ノーモーションパンチの出し方』について調べていると、家のインターホンが鳴り響いた。


息をひそめ、物音を立てないようにドアに近づくと、ドアの向こうから、聞き覚えのある声が聞こえてくる。


「奏介~。 私よ~。 開けて~。 ダ~リ~ン」


「え? ヨシ君?」


慌ててドアを開けると、ヨシ君が「うぃ~」と声をかけてきた。


「え? どうしたんすか?」


「凌に『奏介の家がここだ』って聞いたから見に来た。 ピンポンダッシュのほうがよかった?」


「…なんで逃げるんすか」


「なんとなく。 親父から聞いたけど一人暮らしなんだろ? 飯行こうぜ」


ヨシ君に誘われ、2人でうどん屋に行ったんだけど、ヨシ君は試合前の減量中と言う事もあり、かけうどんしか食べない。


『食えないなら誘わなきゃいいのに…』


そう思ったんだけど、下手なことを言うと、試合が終わった後、何をされるかわからないから、何も言わないままでいた。


食事を終え、話しながらまったりしていると、ヨシ君が切り出してくる。


「この前の女って彼女?」


「元ですよ」


「連絡は?」


「拒否ってるんで、来ないですよ」


「ふーん。 向こうは未練タラタラ?」


「知らないっすよ。 俺には無関係だし」


「つーかさ、あいつ泣いてなかった?」


「いつも泣いてるんで気にしないでください」


「うざ! 千歳に聞かせてやりてぇわ」


「泣かないんすか?」


「全然? 親父のスパルタ教育のおかげだろうな。 あくびした時くらいしか泣かないよ。 最後に泣いたのっていつだろうな? 俺、あんまちーと話さないからわかんねぇや」


「話さないんすか?」


「うん。 ちーの机の引き出しに、大量のバッタ入れたら話さなくなった。 たぶん、機嫌悪かったんだろうな。 最近は後ろ姿しか見てねぇよ?」


『この人、大学生にもなって何してんの…』


そう思いながらも、トレーニングの時を思い出し、妙な納得をし続けていた。

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