第64話 擦れ違い
中田ジムへ入会を決めた翌日から、部活のない日は中田ジムへ。
英雄さんには毎日会えるようになったんだけど、ミット打ちやスパーリングは凌とばかり組まされてしまい、英雄さんが直接相手にしてくれることはなかった。
千歳のことを考えると、胸の奥がギュッと締め付けられていたんだけど、いざ本人に会うと、なんて声をかけていいかわからず。
それどころか、千歳は陸上部の練習に参加してしまい、学校ですれ違う程度だったり、まったく会えない時もあった。
一目でいいから千歳に会いたくて、夜のロードワークついでにジムに顔を出したんだけど、千歳は寝るのが早いようで、ヨシ君から「寝てるよ」と言われるばかりだった。
数日後には、親父が海外出張に行ってしまい、またしても一人暮らしが再開されていたんだけど、そんなことが気にならないくらいに、自宅で筋トレを続けていた。
数日経ち、部活のない日にジムへ行き、更衣室で着替えていると、畠山君が嬉しそうな表情で更衣室の中に入ってきた。
「あれ? もしかして?」
「もしかして。 やっと親の許可出たわ。 中田ジムって、かなりスパルタで有名らしいな? オーナーに英雄さんのこと話したら、『死ぬ覚悟で行け』って言われたよ」
「そんなにスパルタかなぁ?」
「ぶっちゃけ、中に入っちまえばわかんねぇよな。 それが当たり前になってくるし」
話しながら着替え終え、2階に上がったんだけど、千歳の姿がない。
『避けられてんのかな… 最初の印象が最悪だったし、仕方ないのかな…』
誰にもばれないようにため息をつき、トレーニングを始めていた。
土日もジムに行ったんだけど、千歳の姿はなく、気持ちは落ち込んでいくばかり。
千歳は日曜に、和人さんの勤めるケーキ屋でバイトをしているようで、休みの日は、完全に見かけることはなかった。
ある日の部活時。
谷垣さんがみんなを一か所に集め、切り出してきた。
「文化祭の時に招待試合やるぞ」
対戦校は、凌の通う学校だったんだけど、俺の対戦相手が凌ではなかった。
「え? 俺の相手って凌じゃないんすか?」
「お前、中田ジムで凌とやりあってるんだろ? いろんな奴と対戦するのが目的だから、同じジム同士の奴は対戦相手から外れるぞ」
「えー… どうしてもダメ?」
「やりたいならジムでやれよ」
はっきりと断られてしまい、軽く不貞腐れることしかできなかった。
一通り話を聞いた後、薫が思いついたように切り出す。
「先生、中田さんに手伝ってもらう事は可能ですか?」
「中田か… 陸上部との交渉次第だろうな」
「行ってきます!」
『薫ナイス!!』
勢いよく駆け出す薫を見ながら、密かに拳を握りしめていた。
その後、部活が開始され、サンドバックを殴っていると、薫が浮足立ちながらボクシング場に現れ、千歳はポケットに手を入れながら、薫の後を眠そうな表情でついてきている。
久しぶりに見た千歳のダルそうな姿に、小さな感動すら覚え、しばらく千歳のことを見ていると、畠山君が小声で切り出してきた。
「見過ぎ」
「え? そんなに見てた?」
「ガン見どころの話じゃねぇぞ? ちゃんとトレーニングしないと、相手にしてもらえないんじゃね? 愛しのちーちゃんに」
「…ミット打ちしようぜ」
畠山君はニヤッとだけ笑うと、ミットを手にはめ、ミット打ちをしてくれていたんだけど、千歳は谷垣さんとの話を聞いていて、こちらを見ようとはしない。
『こっち見ろっつーの!』
怒りをぶつけるようにミットを殴り、高音を響かせ続けていた。
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