第53話 アドバイス

翌日。


みんなは朝一にロードワークに出ていたんだけど、顔が腫れているせいで行くことができず。


薫が一人でミットの手入れをしている姿を見て、それを手伝っていたんだけど、薫が嬉しそうに切り出してきた。


「英雄さんに怒られちゃった…」


「なんで?」


「ミットとグローブの手入れがなってないって。 使い終わったら、すぐに殺菌消毒して、乾燥させないといけないんだってね。 でも、絶対、日光に当てるなって。 色々教えてくれたんだけど、本に書いてないこともあったし、すごく勉強なったなぁ。 合宿終わったらしばらく休みじゃん? 全部買い替えるか、クリーニングに出せって、業者の名前も教えてくれたんだ。 言葉はきついけど、すごく優しいし、中田さんみたいだよね」


「…中田?」


「うん。 今は陸上部に行ってるけど、ボクシングのこと、すごく詳しいし、バンテージの巻き直し方も早くて綺麗なんだよ。 多分、相当練習してるんじゃないかな? 苗字が同じだし、どことなく似てるけど、親戚なのかな?」


薫の言葉を聞き、胸の奥がギュッと締め付けられていた。



数時間後。


中田ジムの面々にお礼を言い、その場で別れることになったんだけど、英雄さんは谷垣さんに切り出してくる。


「今度、全員連れてうちのジムに来てください。 特別トレーニングしますよ」


「本当ですか!? ありがとうございます!!」


部員たちと一緒に歓喜の声を上げていると、ヨシ君が歩み寄り、俺に切り出してきた。


「痩せろ」


「え?」


「今、64くらいだろ? 59まで落とせ。 そうすれば、俺と同じライト級になる。 ウェイトが同じになったら、思う存分遊んでやるよ」


「…わかりました」


「それと、毎晩電話かけてきた女、あいつを切れ。 あいつのせいで寝不足になって、満足に動けてねぇんだろ? あいつを切ってちゃんと寝て、広瀬からうちに来い。 ま、プロになる気がないなら、広瀬のビギナーコースで筋トレだけしてれば?」


「広瀬じゃ無理っすか?」


「広瀬のビギナーって、筋トレしかやらせねぇんだろ? プロになりたいなら、うちに移籍しろよ。 俺はプロになる。 兄貴もプロだし、親父も元プロ。 超サラブレッドじゃね? ちーは知らねーけど、あいつもプロになる素質はあるよ。 俺が言うなら間違いない」


自信満々にそう告げてくるヨシ君は、すごくキラキラしていて、昔の英雄さんを思い出させたんだけど、『ちー』という言葉を聞いた途端、なぜか中田の後ろ姿が頭をよぎった。


その後すぐ、バスに乗り込んだんだけど、頭の中は中田のことばかり。


ただ、顔を思い出そうとしても、顔にモヤがかかり、はっきりとは思い出せず、幼いころ、ずっと見ていた千尋のことを思い出していた。



『中田も千尋も顔が思い出せない… 二人とも、英雄さんとヨシ君に似てるような気がするんだけど… 中田の顔ってどんなだったっけ? 今の千尋はすぐ思い出せるけど、昔の千尋は思い出せないし… なんなんだろうな… これ』



不思議に思いながらバスに揺られ、ぼーっと窓の外を眺めていた。


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