第54話 偶然

合宿を終え、バスが学校に着いた後、自宅に向かって歩いていると、ボストンバックを斜めがけした中田の後ろ姿が視界に飛び込んだ。


モヤがかかった中田の顔を確認したくて、慌てて駆け寄ったまではいいんだけど、隣にピタッと寄り添った直後、なぜかホッとしてしまい、声もかけずに並んで歩いていた。


少し歩くと、中田は急に立ち止まり、俺の顔を見てため息をつく。


顔を見てため息をつかれたことに、かなりイラっとしながら切り出した。


「大会、いつやるんだよ?」


「来週」


「どこで?」


「知らない」


「あっそ」


それだけ言った後、自宅に戻っていたんだけど、何を聞いてもちゃんと返事をしてくれない中田にいら立つばかり。


『何なのあいつ… 陸上のことを聞いても教えないって、マジむかつくんだけど…』


かなり不貞腐れながら自宅に入り、すぐに洗濯を始めていた。



お盆休み中は、帰国した親父と二人で飛行機に乗り、おじいちゃんの家でずっと寝泊まり。


親父のお盆休みが終わるギリギリまで、おじいちゃんの家に行き、畑仕事を手伝っていたんだけど、その間、毎晩のように千尋から電話で泣かれる始末。


『千尋、友達いねぇんだな…』


うんざりしながらそう思い、毎晩のようにため息をついていた。



お盆休みが明け、久しぶりに広瀬に行ったんだけど、広瀬の4階に着くなり、千尋がベンチに座っている姿が視界に飛び込んだんだけど、一人の女性が歩み寄り、切り出してきた。


「あんたさ、うちの妹、泣かすのやめてくんない?」


「は? 妹って?」


「千尋。 あたしのこと、知ってるでしょ?」


「いえ…」


女性はうんざりしたような表情をしながら、壁に掛けられた賞状を指さす。


そこにはキックボクシング、アマチュア大会の賞状が飾られ、【優勝 田中忍】と書かれ、思わず声を上げてしまった。


「え!? 嘘でしょ!?」


「なんで嘘つかなきゃいけないの? 意味わかんなくない?」


「だって… 千尋はボクサーだったんですよね?」


「キックもかじってた。 あんた、キックの威力がパンチの3倍って知らないの? それで大怪我したのよ」


『え? ちょっと待て。 じゃあ、ちーって本当に本物? けど… 千尋の言ってることと違くね?』


話を聞けば聞くほどわからなくなり、ふと見ると、千尋はうつむいたままベンチに座っていた。


「リング上がりな。 証明してあげるよ」


忍さんはそう言った後、リングの上でトレーニングをしている2人を、半ば強引に下ろし始める。


不安になりながらもリングに上がると、忍さんは俺が構える前に右ミドルキックを放ち、いとも簡単に倒れてしまった。


『すげー威力… まじかよ…』


「これで分かったっしょ? 千尋を泣かすな」


忍さんはそれだけ言うと、さっさとリングを降りてしまい、わき腹を抑えてうずくまることしかできなかった。



帰り道。


今までのことを思い出しながら黙って歩いていると、千尋が切り出してきた。


「お姉ちゃん、いつもお兄ちゃんから守ってくれたんだ。 お兄ちゃん、そんなに強くないから、お姉ちゃんが蹴散らしてくれたんだよ」


「…蹴散らす? けど、暴力を受けてたのか?」


「暴力受けてると、お姉ちゃんが飛んできて…」


「つーかさ、最初は大会で大怪我してやめたって言ってたよな? 兄貴に暴力受けて、大怪我して引退したって…」


「それは! 再婚したって言い出せなかっただけなの!! 前にも言ったでしょ!?」


千尋は突然、俺に怒鳴りつけてきた。


今までだったら、泣きながら話してたと思うのに、いきなりムキになるように怒鳴りつけてきたことに、驚きを隠せないままでいた。



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