第50話 苦痛

千尋の事実を知り、許したまではいいんだけど、相変わらず退屈な話ばかりだし、頻繁に家に来てしまうせいで、トレーニングも、勉強すらもできないでいた。


テスト前の部活停止期間中も、毎日のように押しかけられてしまい、勉強が全くできず、結果はボロボロ。


テスト休み中なのにもかかわらず、毎日補習を受けに学校へ。


補習を受けているため、部活に行くことができなかったんだけど、ふとグランドを見ると、陸上部の輪の中にで、中田がストレッチをしていた。



『あいつ… なんで千尋じゃないんだろうな…』



ため息をつきながら教室に向かい、補習を受けていた。



夏休みに入り、部活のためだけに学校へ行ったんだけど、中田はグランドを走るばかりで、ボクシング場に来ない。


ふと、ボクシング場の壁を見ると、そこにはいくつもの賞状に『中田義人』と書いてあった。


『この人に暴力を受けたのか… この人が千尋に…』


そんな風に思いながら、縄跳びを始めたんだけど、中田のように腿を上げて、飛び続けることができないでいた。



数週間後。


あれだけ楽しみにしていた合宿当日だったんだけど、朝から気分が落ち込み、重い足取りのまま学校へ向かう。


学校へ着いた後、すぐにバスに乗り込んだんだけど、ボーっとしたまま窓の外を眺めていた。



合宿会場である廃校をリフォームした宿泊施設につくと、宿泊施設の向かいにある体育館の中から、威勢のいい掛け声が聞こえてくる。


ふと目を向けると、そこには英雄さんだけではなく、中田ジムの智也君とヨシ君、そして凌の3人が汗を流していた。


荷物を部屋に置き、着替えた後に体育館の中に入ると、中田ジムの面々を紹介されたんだけど、ヨシ君の紹介をする際、英雄さんが切り出した。


「こいつが俺の息子で中田義人。 みんなの先輩になる大学生だ」


その言葉を聞いた途端、息が詰まり、何も考えられずにいた。


『この人が… この人が千尋を…』


自然と拳に力が篭り、悔しさのあまり、歯を食いしばっていた。


すると、ヨシ君はツカツカと俺の前に歩み寄り、いきなり切り出してくる。


「光君に似てね?」


「は? 光君すか?」


「元高校生プロボクサーの三上光。 後でググってみ?」


ヨシ君の言葉を聞いた途端、英雄さんと智也君は「そういや似てるかも…」と声を上げた。


突然、突拍子もないことを言われ、呆然としていると、ヨシ君は俺の脇腹を掴んできた。


「何この脂肪。 全然トレーニングしてねぇだろ? ボクサー舐めてんの?」


「舐めてなんか…」


「あくまで暇つぶしレベル? 似てるのは顔だけか。 ちーの方がよっぽど強ぇな」


「…ちー?」


「俺の妹」


「え? ちょっと待って! 妹に暴力振るってるんですよね?」


「は? スパーすらしたくねぇ相手に、んなこと出来るわけないじゃん。 絶対、返り討ちに合うっつーの。 つーか変な噂流すんじゃねぇぞ? 俺はまだ死にたくねぇし、あいつのハイキックだけは、何があっても受けたくねぇ」


ヨシ君の言葉を聞き、ふと中田ジムの面々を見ると、みんなは納得するように、何度も頷いている。


『どういうことだ? そういやキックボクサーって言ってたっけ… あれ? 千尋の話と違くね?』


不思議に思いながらも、英雄さんの指示のもと、基礎から教わり続けていた。



英雄さんはかなりスパルタで、口調も厳しく、怒鳴られまくっていた。


たったの半日だけだったのに、その日の夜には筋肉痛が起きるほどだったんだけど、一切苦痛に感じることはなく、清々しさを感じていた。


『どんな話を聞いても、やっぱ俺、英雄さんの事、憧れてんだな…』


改めて実感しながら、トレーニングを終え、シャワーを浴びていた。

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