第48話 縄跳び
広瀬のビギナーコースに通う5人で残り、広瀬では教えてくれないファイティングポーズの取り方や、パンチの出し方を、智也君に細かく教えてもらっていると、途中で二人が帰ってしまい、俺と一つ下の陸人と学の3人だけが残ることに。
3人になると同時に、智也君たちも帰ってしまい、英雄さんと高山さん、そして1階にいた吉野さんがマンツーマンで教えてくれることになったんだけど、俺の指導者が高山さんだったことに、がっかりとしていた。
英雄さんから直接指導を受ける、学を羨ましく思いながら時間が過ぎ、夕方を過ぎると英雄さんが切り出してきた。
「今日はこの辺にして、うちで飯食おう」
期待に胸を膨らませながら、英雄さんの家に行くと、英雄さんは当たり前のように、玄関の横にあるフックにジムのカギをかけていた。
交代でシャワーを浴び、リビングで英雄さんの奥さんが作る食事を取っていた。
『え? 再婚したってこと? 千尋、そんな事言ってなかったよな…』
不思議に思いながら食事を取っていたんだけど、英雄さんは酔って、高山さんと吉野さんの3人でいろいろなことを話し続けていた。
次第に、英雄さんはかなり酔い「全員泊れ」と言い始め、そのまま泊まることに。
そのまま英雄さんの家に泊まることになったんだけど、『ちーには兄貴が2人いる事』と『キックボクサー』という事しかわからず、その姿を見ることはなかった。
翌朝。
物音で目が覚め、玄関の方に行こうとすると、ジムの鍵がない。
『まさか… 空き巣?』
急ぎ足でリビングに戻り、高山さんに知らせようと思ったんだけど、まだ朝の4時過ぎだし、どんなに起こそうとしても起きてくれず。
仕方なく、ジムの方へ行くと、中から縄跳びをする音が聞こえてきた。
『縄跳び? こんな朝早くに? お兄さんか?』
恐る恐る中を覗き込むと、見覚えのある後姿が、駆け足飛びをしていたんだけど、普段俺がやっているような駆け足飛びではなく、太ももが直角になりそうなほど足を高く上げ、一定のペースを保ちながら飛び続けていた。
『すげー… なんなのあれ? なんであんな風に飛べんの?』
思わず見入っていると、タイマーの音が鳴り、見覚えのある背中は肩で息をしながら振り返り、ベンチに置いてあるタイマーに手を伸ばす。
『え? 中田? なんで? あいつの家、結構遠いよな? え? 家の鍵だってしまってたのに、なんで?』
どんなに考えても答えはわからず、中田は当然のように縄跳びを再開させる。
物音を立てないように中に入り、タイマーの横に腰掛け、足を組んでいた。
『こいつ、もしかして中田ジムに入ってんの? やっぱり虐められた過去があるから切り出せなかった? あ、もしかしたら親戚なのかも… だとしたら、合鍵を持っててもおかしくないよな…』
しばらく考えていると、再度タイマーの音が鳴り響き、何も考えずに音を止めた。
中田はそれに反応するように振り返り「げ」とだけ。
「お前さ、人の顔見て『げ』って言うのやめてくんない?」
「…なんでここに居んの?」
「それはこっちのセリフ。 なんでここに居んだよ?」
黙ったままタオルを手にし、ゴシゴシと顔を拭く中田に切り出した。
「お前さ、やっぱり中田ジムの親戚なんだろ?」
「親戚じゃない」
「は? …もしかして娘? え? だって家違うよな?」
「うるさい」
中田はそう言いながらタイマーを奪い取り、タイマーを20分にセットしなす。
「20分? なんで?」
「うっさいなぁ! 無駄話したから1分過ぎたでしょ!?」
中田は怒鳴りつけながらタイマーをスタートさせ、黙々と縄跳びを再開し始めた。
『これを20分? え? 休憩って1分しかないの? 嘘だろ? なんなのこいつ…』
呆然としながら中田の後ろ姿を見ていたんだけど、タイマーの音が鳴ると同時にしゃがみ込む。
「何年目?」
「知らない」
「毎朝やってんの?」
「うるさい」
「いつもは15分何セットやってんの?」
「うざい」
『このやろ…』
立て続けに質問をかわされ、イラっとしていたんだけど、中田は立ち上がり、スポーツドリンクを飲み干していた。
ふーっと大きく息を吐いた後、縄跳びを元の場所に戻し、タオルを首にかけ、ジムを後にしようとする中田の左腕をつかむと、かなりがっしりとしていて、女の腕ではない。
「1年じゃこんな腕になんねぇよな…」
思わず呟くように言ってしまうと、ボディに衝撃が走り、息ができずに蹲った。
「あ…」
「『あ』じゃねぇよ… お前、なんつーパワーしてんだよ…」
「…鍵閉めるから出てってくんない?」
咳き込みながら立ち上がり、中田に切り出す。
「陸上部だけになるとか言わねぇよな?」
「あんたがしつこくしたら戻る」
「しつこくなんかしてねぇだろ?」
「してんじゃん。 ロードワーク中についてきたり、バス通学やめたり… 彼女いるくせに他の女追っかけてんじゃねぇよ」
吐き捨てるように言われ、返す言葉がなかった。
『中田が千尋だったら良かったのに…』
言葉を飲み込んだままジムを後にし、雨の降る中、自分の家へと走り出した。
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