第47話 緊張

部活後、中田のことを考えながら歩いていると、当たり前のように千尋が隣に並んで歩き、ため息が零れ落ちた。


何度も「距離を置きたい」って言ってるのに、放課後になると、毎日のように公園で待ち、俺の姿を見るなり、当たり前のように隣に並んで歩き始める。


もっと、強く言えれば良いんだけど、時々出てくる『お父さん』の言葉に、何も言えないままでいた。



ある日のこと。


広瀬でのトレーニングを終えると、高山さんが俺に話しかけてきた。


「週末、12時に広瀬前集合な。 飯、食ってから来てくれ。 中田ジム行くぞ」


「はい!!」


思わず声を張り上げて返事をし、胸の高まりを抑えきれずにいた。



週末。


12時に広瀬前に行き、10人ほどの人と一緒に中田ジムへ。


その中には、広瀬で一番強いとされるメンバーが5人居たんだけど、曜日が違うせいか全員初対面だった。


黙ったまま中田ジムへ行き、挨拶をしながら中に入ると、真っ先に見えたのが英雄さんの笑顔。


英雄さんの顔を見た途端、一気に緊張が走り、声が出ないままでいた。



『変わんねぇ… マジかっこいい…』


英雄さんは、年を感じさせない相変わらずの笑顔で、高山さんと談笑をしていた。


指定されたベンチに座り、周囲を見回すと、そこには凌と大学生っぽい人が二人。


そして成人女性の姿があり、『千尋』の姿はなかった。


『あれ? 千尋… そっか。 ケガして辞めたって言ってたっけ…』


すると、周囲を見回した高山さんが英雄さんに切り出す。


「あれ? 4人ですか?」


「どうしても都合つかなくてな。 ヨシが2戦出るよ」


その後も英雄さんと高山さんは少し話し、試合に出る5人が準備をし始めたんだけど、中田ジムの面々は、広瀬とは正反対に穏やかで楽しそうな空気を醸し出し、笑いあいながら話していた。


『すげーリラックスしてる… なんか良いなぁ…』


中田ジムの面々を羨ましく思いながら眺めていると、第1試合開始のゴングが鳴り響いた瞬間、広瀬ナンバー2で、大学生の潮田くんは、中田の智也と呼ばれている人からフックを食らった途端、肩膝をついていた。


『え? …今の何? 何あの速さ…』


呆然としながらリングを眺めていると、潮田君はようやく立ち上がったと思ったら、サンドバックのようにパンチを食らい、試合終了のゴングが鳴り響いた。


何も考えられず、何も言えないままでいたんだけど、次の試合の中田ジムのヨシ君は、開始早々左ストレートを放ち、広瀬ナンバー3がダウン。


次の試合もヨシ君だったんだけど、広瀬ナンバー1からパンチを受けることなく、ボディに右腕が刺した瞬間、広瀬はダウンしていた。


するとヨシ君は、リング上から中田ジムの座るベンチに向かい、声をかける。


「桜ちゃーん、俺、このまま出ていい?」


「今度、ちーとやりあうからいいよぉ」


「うぃ~」


『ちー… ちーって千尋? え? あいつ、リングに上がってんの? 怪我したのがトラウマだって… え? どういうこと?』


不思議に思いながらリングを眺めていると、ヨシ君はまたしても勝利し、次の試合の凌もあっけなく勝利。


圧倒的なレベル差を目の前にして、広瀬は何もできずにいたんだけど、試合に出たメンバーは、不貞腐れたようにその場を後にしていた。


それを見届けた後、高山さんが英雄さんに切り出す。


「この5人、ビギナーコースで筋トレしかやらせてもらえないんですよ。 少しだけいいですか?」


「なるほど… お前の目的はそこか?」


「はい…」


「わかった。 智也、Tシャツとパンツがあるから、吉野に言って出してもらえ。 凌、5人を更衣室に案内してやれ。 あとそこの5人。 このことは絶対誰にも言うなよ」


英雄さんはテキパキと指示を出し、胸の高鳴りを抑えながら凌の後を追いかけていた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る