第46話 ミット
翌週から、中田は陸上部の練習に行ってしまい、ボクシング部に来るのは週に1度。
ボクシング部に来るのはいいんだけど、バンテージを巻き直しながらうとうとしているその姿に、イラっとしていた。
ある日の部活の時に、みんなとロードワークに行くと、当たり前のように千尋が公園の入り口で立っていた。
その姿を見て更にイラっとし、黙ったまま通り過ぎようとすると、千尋は突然、俺の前に立ちはだかる。
みんなに「先行ってて」と告げると、みんなは不安そうに駆け出した。
「何?」
「お父さんが『会いたい』って言ってるの」
「ふーん。 それよりさ、お前、いつも制服着てるけど、本当に学校行ってんの? 家だってあんな遠いのに、毎日この時間にここにいるっておかしくね? 本当は高校生じゃねぇんじゃねぇの?」
「…どうして? どうしてそういうこと言うの? 私のこと、信じられないの?」
「ああ。 信じらんねぇ。 家まで押しかけてくるとか、マジで信じらんねぇし、バンテージだって切り刻んだまま、謝罪も一切ないだろ? 有り得ないと思わねぇの?」
「弁償したら許してくれる?」
「そういう問題じゃねぇっつーの。 しばらく放っておいてくれ」
「いつまで?」
「俺の気が済むまで」
「いつ? どれくらい待てばいいの?」
『うぜぇ…』
その後も、涙を流しながら質問してくる千尋に、完全に呆れながら、その場を走って逃げだしていた。
ロードワークを終えた後、ボクシング場に戻ると、リングの上で畠山君ミット打ちをしていたんだけど、ミットを持っているのがまさかの中田。
中田は畠山君のパンチを拾うようにミットを受け、時々躱させるように腕を大きく振り回す。
『あいつ… かなり手馴れてねぇか? やっぱり経験者なんじゃね?』
畠山君のパンチがミットを捉え『パーン』という高音が響いた直後、中田の持つミットが畠山君の顔をはじき、畠山君は倒れこんでいた。
ボクシング場はシーンと静まり返り、思わず声に出して笑ってしまったんだけど、中田は畠山君に駆け寄り、慌てたように切り出した。
「い、いきなり転ぶからびっくりしましたよ!! 大丈夫ですか!?」
『やべぇ! あいつ絶対経験者だ!! 超嬉しいんだけど!!』
畠山君はゆっくりと起き上がり、呆然としている中、ワクワクしながらバンテージを巻き、薫にグローブを嵌めてもらっていた。
ワクワクする気持ちを抑えきれず、グローブを嵌めてすぐにリングの上に立ち、「次、俺だろ?」と切り出すと、中田は顔を引きつらせている。
グローブを『バシバシ』と合わせながら、「早く構えろよ」と告げたんだけど、中田は顔をひきつらせたまま構えようとしない。
すると、ボクシング場の入り口から谷垣さんの「時間だ~。 終われ~」という声が聞こえ、中田は慌てたようにリングを降り、後片付けをした直後、逃げるようにボクシング場を後にしていた。
『あれ? 俺は?』
そう思っていても、薫にグローブを外されてしまい、成す術がない状態。
軽く不貞腐れながら部室に行くと、みんなは中田の話でもちきりに。
「中田、ミット持ちうまくなかった?」
「めっちゃうまかった。 ボクサーなのかな?」
「だったら言えばよくね? なんで言わないんだろ?」
「中学の時、それが原因でいじめられたとか?」
「あ~… 中学くらいだったら有り得るかもな。 いじめっ子の女子って陰湿だったし」
『確かに言われてみればそうかも… もしかして俺、傷口抉った?』
中田のことを考えれば考えるほど、なぜか不安になってしまい、どんどん気持ちが沈んでいった。
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