第37話 衝撃

「カズ君、今日用事あるって言ってたよな? 早いけど昼行っていいよ」


オーナーに言われ、急いでコックコートを脱いだ後、店を飛び出し、バイクを飛ばしていた。



数日前、親父から『光が来る』と聞き、休みを貰おうと思ったんだけど、人手不足で休むことが叶わず。


オーナーが、少し長めの昼休憩をとることを提案してくれたおかげで、抜け出す事が出来ていた。



ジムに駆け上がり、中に入ると、親父と吉野さん、そして小さく太った頭の寂しい人が3人で話している。


『早かった? 遅かった方?』


迷いながら親父に歩み寄ると、太った男性は振り返り、大声を上げていた。


「カズじゃん!! 相変わらずイケメンだなぁ!!」


「え? 光君?」


「びっくりだろ? 2年前に結婚して、30キロ太った!」


とてもじゃないけど、十年前までファンが殺到していたとは思えない姿に、衝撃を受け、呆然とし続けていた。


「パティシエしてるんだってな! 今度買いに行くよ! また太ったりしてな!!」


どこからどう見ても中年太りをしたおっさんにしか見えないし、言動だって中年そのもの。


言動が中年のせいか、親父と吉野さんとは楽しそうに笑い合っていたけど、その中に入る事が出来ず、苦笑いをすることしかできなかった。



「…仕事って何してんの?」


「ボクシング雑誌の編集者。 記事も書いてるんだけど、『コアすぎて伝わんねぇ』って、毎日怒られてるよ」


「編集者って帰れるの?」


「帰れるけど、帰ってからも仕事できるから、家で仕事ばっかだよ。 記事考えてると、奥さんが食い物とか飲み物を運んでくれるんだよね。 それが美味くて、ずっと食ってたらこうなっちゃってさぁ… ストレスで剥げるし、嫌になっちゃうよなぁ…」


光君の言葉に妙に納得していると、ジムの扉が開き、桜が中に入ってきたんだけど…


桜はいきなり「光君は?」と切り出してきた。



「桜だ!! 久しぶり!!」


光君はそう言いながら駆け寄ったんだけど、桜は光君が近づいた途端、ファイティングポーズをとる始末。


「光君に構えんな」


ハッキリとそう言い切ると、桜は呆然とした表情をしながら切り出してきた。


「え? マジ? 嘘でしょ!? なんでこうなった!!」



『気持ちは痛いくらいにわかる』


なんてことは言えないままでいると、光君はキョトーンとした表情で聞いてきた。


「え? 桜、キャラ変わった?」


「ちーがダウンさせたらこうなった」


「マジ? で、そのちーは?」


光君の言葉を聞き、親父が会話に入ってくる。


「部活の練習試合だって。 凌の学校と試合するって言ってたよ」


「凌?」


「そっか。 凌は光が辞めた後に入ったのか。 なかなかいい素質してんだぞ。 今度見に来いよ。 智也のスパーリングパートナーにしてる」


親父は得意げになって話し始めたんだけど、桜は「信じられん」と言いながら、1階に向かっていた。


そのまま4人で話していると、店に戻る時間になってしまい「そろそろ行くわ」と切り出した。


光君に挨拶した後、ドアの方に向かうと、ドアが開き、制服姿のまま、肩で息をしている千歳が呼吸を整えていた。


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