第36話 練習試合

ボクシング場に戻った後、練習試合が始まったんだけど、うちの学校はボロボロ。


1ラウンド2分の試合なのに、ほとんどが1分もしない間にスタミナが切れ、KO負けばかり。


ふと中田を見ると、中田は呆れかえったようにリングをボーっと眺めているだけだった。


中田と話してた奴と俺がリングに上がり、試合開始のゴングが鳴り響いたんだけど、パンチの1発1発が異常に重い。


『本当に同級生?』と、疑いたくなるくらいのパンチを食らい、何もできないままでいると、視界が青いグローブで覆い隠され、次に見えたのは天井だった。


何が起きたのかもわからないまま、立ち上がることができず、呆然としていると、試合終了のゴングが鳴り響く。



結局、練習試合は全戦全敗。


圧倒的な力の差を見せつけられたせいか、ボクシング場の空気はかなり沈み、他校の生徒が帰った後も、黙ったまま床を見るだけ。


谷垣さんが「相手は格上なんだし、仕方ないだろ」と声をかけ、視線を谷垣さんのほうへ向ける。


すると、薫が谷垣さんの横に立ち、薫が「次は頑張ろう!」と励ましていた。


が、中田はいそいそと、後片付けをしているだけ。



何の声もかけず、『我関せず』って感じで忙しそうにパイプ椅子を片付ける姿を見ていると、無性に苛立ち、中田に歩み寄りながら言い放った。


「ムカつくんだよ」


「は? 八つ当たり? ダッサ」


「マネージャーだろ!? 励ましの言葉くらいかけらんねぇのかよ!!」


「必要ないっしょ。 普段ダラダラしてるんだし、その結果が出ただけ」


「みんなちゃんと練習してんだろ!?」


「どこが? リングの上で寝転がるとかありえないっしょ? 普段リングでゴロゴロしてるから、すぐにダウンしたんじゃないの? 大体、ロードワーク行くなら全員連れてけっつーの」


呆れながら言い放れたんだけど、英雄さんに似た顔で、当然のように言われた『ダウン』や『ロードワーク』の言葉に、思わず固まってしまった。


「…お前、やっぱり経験者か?」


「は? 何言ってんの?」


「普通は『ランニング』って言うだろ? 『ロードワーク』なんて言わねぇよな? バンテージの洗い方も薫に教えてたし、経験者なんだろ?」


「……」


中田は困ったように目を泳がせていたけど、どうしても経験者かどうかが知りたくて…


『経験者であってほしい』と思い、中田に歩み寄りながら切り出した。


「経験者なんだろ?」


「違う! り、凌君! 凌君と古い友だちで… 凌君が『ロードワーク』って言うから移った!」


「は? お前舐めてんの?」


「菊沢! いい加減にしろ!!」


谷垣さんの怒鳴り声が響くと同時に足を止め、谷垣さんの方を見ると、谷垣さんが切り出してきた。


「中田の言う通り、リングで寝転がるのは言語道断だ。 ロードワークに一人で行くのもおかしい。 今まで黙って見てたけど、これからはビシビシ行くからな! 次は絶対に勝つぞ!!」


一人熱くなる谷垣さんを余所に、中田はいそいそと後片付けを始める。


谷垣さんが説教をする中、中田はパイプ椅子を片付け終え、こっそり帰ろうとしていた。


「中田! 午後、練習するぞ!!」


「先生! 試合後だし、オーバーワークは怪我の原因になります!! なのでお先に失礼します!!」


中田ははっきりとそう言い切った後、直角にお辞儀をし、急いでボクシング場を後に。


谷垣さんは「それもそうだな。 よし! 帰るぞ! 来週からビシバシ行くぞ」と言い、みんなとボクシング場を後にしていた。


ボクシング場から部室に向かっている最中も、中田の言っていた『ダウン』や『ロードワーク』、そして『試合後だし、オーバーワークは怪我の原因になります』という言葉が頭を過る。


『やっぱり経験者なんだよな?』


女子更衣室の前で足を止め、考えていると、更衣室から中田が飛び出してきた。


「待てよ」


慌てて腕を掴んだんだけど、すぐに振り払われ「誰が待つかバーカ」と言いながら走り去った。



『な! バーカ!? なんなんだよあのクソ女… マジムカつく…』


話しかける前よりも更に苛立ち、八つ当たりをするように、棚に置かれたミットを殴りつけていた。

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