第35話 偵察
千尋が家に来て以降、千尋に自ら連絡することはなくなったんだけど、千尋は毎日のように、公園に居ては、話しかけられるのを待っているようだった。
けど、何の反応も示さずにいると、夜には長文のライン。
読むのも嫌になるほどの長文を送られ、かなりうんざりしていた。
練習試合当日。
会場作りをする薫の手伝いをしていると、ジャージ姿の中田がボクシング場へ。
中田の顔を見ると、英雄さんを思い出し、無性に苛立ってしまった。
「用事あんだろ? 帰れば?」
言い放つように言うと、中田は俺の顔を一切見ずに「キャンセルした」とだけ言い、薫と会場作りを続けていた。
会場作りを終え、簡単なミーティングをしていると、他校の生徒がぞろぞろとボクシング場へ入ってきたんだけど、中田は他校生の一人をジッと見つめていた。
『彼氏?』
ふと過った言葉に、無性に苛立っていると、その男は含み笑いをした後、何かに閃いたように「先生、トイレってどこっすか?」と切り出した。
すぐに薫が声を上げたんだけど、中田が「私行く」と言い、二人でボクシング場を後に。
『試合前にいちゃつく気か?』
そう思っただけで、苛立ちを抑えきれず、黙ったまま二人を追いかけていた。
並んで歩く二人から、距離をとって追いかけていると、中田はポケットから黒い何かを出し、そいつに手渡していた。
二人は小声で話しているせいで、何を話しているのか聞き取れずにいると、ふと、夕べ千尋からきたラインの内容が頭を過った。
『スパイがどうのって… あ、もしかして偵察? 弱点教えた?』
ふと頭を過った言葉に、苛立ちを隠しきれず、黙ったまま横を通り過ぎようとする中田に言い切った。
「最低だな」
「は? 何が?」
「偵察するためにボクシング部に来たんだろ? 俺らの情報、あいつらに流してんだろ?」
「情報も何もダラダラしてるだけじゃん。 偵察してほしかったら、もっと真面目にやれば?」
はっきりとそう言い切られ、苛立ちがピークに達する。
「ムカつく…」
歯を食いしばりながら言い切ると、中田は平然と答えていた。
「あっそ。 ムカつきたければご自由にどうぞ」
呆れたようにそう言われ、思わず拳を握りしめていると、トイレの影から覗いてくる男と目が合った。
そいつは俺の前に歩み寄り、黒いリストバンドを見せてくる。
「俺、あいつの近所に住んでて、あいつの兄貴と仲良くてさ… 昨日、遊びに行ったときに忘れて行っちゃったんだよね。 兄貴に頼まれて、わざわざ届けてくれたんだ」
「兄貴? え? あいつ兄貴居るの?」
「うん。 ぱ、パティシエしてる兄貴がいるんだ。 兄貴も実家住まいなんだけど、タダでケーキ食わしてくれるから、しょっちゅう行ってるんだよね」
「…そうなんだ」
「あいつ、キレたらマジこえぇから、あんまり… ね?」
他校生はそれだけ言った後、急ぎ足で階段を駆けのぼっていた。
『兄貴か… ちーに兄貴なんか… 居た…!! 英雄さんが俺にミット打ちしてくれた時、【親父】って呼んでた人だ!!』
急いで階段を上がり、ボクシング上に入ると、リングの上では試合開始のゴングが鳴り響いていた。
薫や他の部員たちは、必死に声をかけていたんだけど、中田はベンチに座り、ぼーっとリングを眺めているだけ。
完全にやる気のない態度を見せてくる中田に、かなりイラっとしていた。
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