第34話 バンテージ

数日後。


部活に行ったんだけど、中田のことが気になって仕方ない。



ロードワークに行くと、公園の近くで千尋の姿を見つけ、勢いよく走り抜けていた。



部活を終え、自宅に帰った後、バンテージを洗おうとすると、またしても中田の言葉が頭をよぎる。


『ネットもないし、手洗いするか…』


洗面所に水を貯めていると、インターホンが鳴り響き、何も考えずにドアを開けると、千尋が笑顔で立っていた。



家の場所を教えていないのに、当然のように家の前に立つ千尋に、かなり驚いていると、千尋は何事もなかったかのように切り出し、家の中に入ってきた。


「お弁当買ってきたから食べよ」


「え? ちょっと待てって…」


「あー、お水止め忘れてるよぉ。 もう仕方ないなぁ… これ洗うのやってあげるから、先に食べてて」


千尋はそう言った後、バンテージを洗面所の横にある洗濯機に放り込み、スイッチを入れていた。


「…なんでここがわかった?」


「この前、うちに忘れ物したでしょ? 今日、気づかなかったみたいだから、追いかけたの。 これ奏介のでしょ?」


そう言いながら男物のハンカチを渡されたんだけど、俺のものではない。


「俺のじゃねぇよ」


「あれ? じゃあ、お父さん新しいの買ったのかな? もう! お姉ちゃんったら、また間違えて私の部屋に持ってきたんだ。 そういえばお父さんね、今、外国人選手のスカウトに行ってるんだって! 自分のジムを立ち上げようとしてるみたい」


「マジで!?」


「やっぱり、根はボクサーなんだね。 『私に気を使って話さなかった』って、昨日、電話が来たの。 奏介のこと話したら、『今度、戦ってるところを見たい』って言ってたよ」


流暢に話す千尋の笑顔に、胸の高鳴りを抑えきれないでいた。



千尋の買ってきた弁当を食べていると、数分後に洗濯機の合図が鳴り響き、千尋は洗濯機のほうに向かっていたんだけど、絡まりあったバンテージを解くこともなく、そのまま干し始めていた。



近づいてこようとする千尋を避け続け、会話を避けるようにつぶやいた。


「そろそろ帰りなよ」


「あ、もう乾いたかなぁ?」


千尋は慌てたようにベランダに出て、干してあったバンテージを取り込んだんだけど、それを解くのに苦労していたと思ったら…


突然、カバンからハサミを取り出し、切り刻み始めた。


「ちょ! 何してんだよ!!」


「え? 絡まって解けないじゃん」


「切ったら使えねぇだろ? 何考えてんだよ!」


「これだけ長ければ大丈夫じゃん。 包帯でしょ?」



千尋の言葉に、思考が停止してしまい、何も考えられないでいた。



バンテージを知らないボクサーはいない。


包帯とバンテージは似てるけど、厚みが全然違うし、ボクシング経験者だったら、咄嗟にバンテージって言葉が出るはずなのに、何の躊躇もなく『包帯』と言い切ったことが信じられなかったし、当たり前のように、切り刻んだことも信じられない。



『もしかしたら、ボクサーじゃない? でも、ケガして辞めたって言ってたし、どういうことだ? ファイティングポーズ見ればわかるかも…』


そう思い立ち、千尋に切り出した。


「…ファイティングポーズ取って」


「だからさ… ボクシングの話はしないでって言ったじゃん」


「いいから取れよ」


「…どうして嫌がることをさせるの?」


千尋はボロボロと涙を流し、手で顔を覆い隠す。


『また泣いた…』


かなりうんざりしながらトレーニングウェアに着替え、ため息交じりに切り出した。


「トレーニング行くから帰れ」


「…わかった。 ランニング、頑張ってね」


千尋は諦めたようにそう言い、涙を手で拭いながら立ち上がっていた。


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