第33話 ムカつく

ある日のこと。


またしても見たくもない恋愛映画に付き合わされ、上映開始3分もしない間に眠ってしまい、気が付いたらエンドロールが流れている。


横を見ると、千尋はボロボロと涙を流し、ため息が零れ落ちた。



館内が徐々に明るくなり、黙ったまま外に出ると、千尋が切り出してきた。


「ねぇ、うち来ない?」


『家? もしかしたら、英雄さんと会えるかも!』


その言葉に思わず胸が弾み「行く!」と即答していた。



電車を乗り継ぎ、かなり遠い場所まで来たんだけど、そこには大豪邸がそびえ立っている。


かなり古そうな大きな門の横にあった表札を見ると、そこには古ぼけた感じで『田中』と横書きで書いてあった。


「え? 田中?」


「あ… この表札、先祖代々使ってるから、右から読むの」


「…そうなんだ。 英雄さん、何時頃帰ってくる?」


「とりあえず早く入ろ」


急かすように腕を引っ張られ、玄関の中に入ったんだけど、家の中は高そうな家具で統一され、思わず足を踏み入れることに躊躇してしまった。


玄関のすぐ脇にあったエレベーターで3階に行き、部屋の中に入ると、部屋の中はピンクで統一され、大量のぬいぐるみが置かれている。


『昔のイメージと全然違う… グローブもないんだ…』


軽く呆然としていたんだけど、千尋は俺の腕を引っ張り、ベッドに座るよう促した直後、顔を近づけてきた。


「ごめん! そういう気分じゃない」


「…嫌いなんだ」


「違うって! 英雄さんが帰ってくるかもしれないだろ?」


「どうして? お父さんなんか関係ないじゃない!」


その言葉を聞いた途端、ブチっと来てしまった。


「…『なんか』? 今、英雄さんのこと『なんか』って言った?」


「だってそうでしょ!? お父さんなんか関係ない!!」


「…ふざけんなよ。 俺がどれだけ憧れてると思ってんの? 俺がどれだけ会いたいと思ってるかわかってんの? 今だって、英雄さんに会いたいから来たようなもんなんだぞ!? それを『お父さんなんか』? ふざけんな」


はっきりとそう言い切った後、勢いよく部屋を飛び出し、駅に向かって駆け出した。



電車を乗り継いでいる間も、ずっと千尋の『お父さんなんか』と言い放った言葉が、クルクルと頭の中を駆け巡る。



千尋は親子だから、『お父さんなんか』って見下したことを言えるのかもしれない。


けど、俺にとっては、どんな人よりもカッコよくて優しく、唯一、『自分もこういう人になりたい』と、強く思える人だし、憧れに近づけるよう、ジムに通い始めた。



昔は文字通り、手取り足取り教わっていた千尋だから、そんな風に言えるのかもしれない。


けど、俺にとっては唯一無二の人で…


話せただけで嬉しかったのに、ミット打ちまでさせてくれた事は、今でも鮮明に覚えてる。



あの時のお礼を言いたくて、千尋の家にまで行ったのに、こんな風に帰ってくるなんて思いもしなかった。


妙な寂しさを覚えたまま、電車を途中で降り、ボクシンググッズを専門で取り扱っているスポーツショップへ。


バンテージを買った後、電車に乗り込んだ後、中田の言葉を思い出していた。


【巻いてからネットに入れて洗う。 で、このまま干す。 そうしないと絡まってイラつくし、無駄に時間がかかる】



『あいつ、経験者なのかな… それとも調べただけなのかな…』



苛立ちを忘れ、中田のことを考えながら、電車に揺られ続けていた。

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