第32話 苛立ち

中田がマネージャーになってからというもの、千尋のわがままは加速してしまい、かなりうんざりするように。


デートは完全に奢ってくれるから、金銭面的には問題ないんだけど、一番の問題は体脂肪が増えたこと。


広瀬にはほとんど行けないし、部活もロードワーク中には邪魔をされ、夜の縄跳び中にも電話が鳴りっぱなしで、全くと言っていいほどトレーニングができていない。


何度か「電話を控えてくれ」って言ったんだけど、千尋はそのたびに泣いてしまい、言いなりになることしかできなかった。


千尋を説得し、ボクシング場に戻ると、中田と薫が洗濯し終えたバンテージを巻きなおしている。


中田の顔を見るたびに、なぜか英雄さんを思い出し、苛立ちを抑えきれないでいた。



そんなある日の事。


顧問の谷垣さんがボクシング場に現れ、全員を一か所に集めた。


「5月8日に練習試合するから覚えておけ~」


中田は谷垣さんの言葉を聞くなり「え?」と声を上げ、谷垣さんが切り出した。


「なんだ? 都合悪いか?」


「はぁ…」


「ん~。 どうしてもだめか?」


「その日はちょっと…」


「会場準備があるし、薫一人じゃ大変なんだよなぁ… 何とか都合付けられないか?」


「どうしてもその日はちょっと…」


ハッキリしない態度にイライラし、思わず声を上げた。


「いいんじゃない? いなくても。 無理に予定を開けたって邪魔っしょ。 今だって居ても居なくても変わんねぇんだし。 だったら、居ないほうが良いんじゃね?」


「は?」


「居てもボーっとバンテージ巻き直してるだけだろ? だったら居ないほうがマシ」


谷垣さんは「まぁまぁ」と声を上げ、俺を宥めていたんだけど、中田はかなり苛立ったように切り出してきた。


「…谷垣さんいいよ。 予定空ける」


中田はそう言い放った後、使用済みのバンテージを持ち、ボクシング場を後にしていた。


中田が出て行ったあと、薫が切り出してくる。


「奏介君、今のはひどいよ?」


「は? なんで?」


「だって、もしかしたら法事かもしれないし、親戚が入院してて、お見舞いに行く予定だったのかもしれないじゃん? もしそうだとしたら、あの言い方はないよ」


薫はそう言い切った後、中田を追いかけてしまい、小さな罪悪感だけが残っていた。


「菊沢、謝ってこい」


谷垣さんに切り出され、渋々二人の後を追いかけたんだけど、ドアの影に着いたとき、薫の声が聞こえてきた。


「え? バンテージってそうやって洗うの?」


「そ。 巻いてからネットに入れて洗う。 で、このまま干す。 そうしないと絡まってイラつくし、無駄に時間がかかる」


「へぇ~! 知らなかった!! よく知ってるね!!」



『え? 巻いてから洗うの?』



初めて知ったバンテージの洗い方に、自然と足を止めていたんだけど、中田は慌てたように「す、スマホで調べたんだ」と、笑いながら話していた。



『実は裏で調べてる? やる気がなさそうに見えるのに、意外とやる気あんの? なんなんだあいつ…』


不思議に思いながらボクシング場に戻り、声をかけないままにサンドバックを殴っていた。



少し早い時間に部活を終え、着替えた後に玄関に向かうと、前を中田が歩いていたんだけど、門の前には千尋が立っていた。


「悪い! 遅くなった!」


千尋に声をかけながら駆け出し、わざと中田にぶつかったんだけど、中田は何も言ってこない。



『張り合いのないやつ…』


そう思いながら、千尋の話す、全く興味のない『恋愛ドラマ』の話を聞き、軽く苛立ちながら駅に向かって歩いていた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る