第10話 怪我
翌日。
トレーニングを終え、学校が休みだったヨシと千歳、親父の4人でコンビニに行った後、帰路についていた。
家の近くに着くと、視界に飛び込んだのは自宅の前にいる人だかり。
ジムの前で見た人も何人か居て、親父は「やべぇな…」と呟くように言っていた。
けど、裏口があるわけでもないし、家に入るには、正面の人だかりの中を突っ切るしかないんだけど、ジムから自宅を特定し、場所を移動してきたんだとしたら、まともな話し合いが通じる可能性だって低い。
「カズ、ヨシを頼んだ。 ちー、父さんの手、しっかり捕まっとけよ」
親父は意を決したようにそう言い、ちーは親父の手をぎゅっと握り締める。
親父が人だかりに近づいた瞬間、「英雄だ!」と言う男の叫び声とともに、人だかりは親父のもとに。
親父がもみくちゃにされている間、俺とヨシは何事もなく家の中に入っていた。
少しすると、家の中に親父が飛び込んできたんだけど、ちーの姿がない。
「ちーは?」
俺の言葉を聞いた途端、親父は真っ青な顔をし、家を飛び出そうとしたんだけど、ドアを開けた途端、人だかりが家の中に入ろうとし、親父は慌ててドアを閉めていた。
『これ、絶対やばい奴だろ…』
急いで庭に出た後、ブロック塀を乗り越え、家の正面へ駆け出した。
家の正面に駆け出すと、千歳は玄関の横にある塀に凭れ掛かっていた。
千歳はあちこちに擦り傷を作り、片膝を抱えて座る千歳に駆け寄り切り出した。
「大丈夫か?」
千歳は声に反応するように俺の顔を見たんだけど、目にいっぱいの涙を浮かべ、黙ったまま頷いた。
「痛かったろ?」
そう言いながら千歳を立ち上がらせようとしたんだけど、右足を地面につけた途端、千歳は顔をゆがめ、座り込んでしまった。
「医者行こうな」
それだけ言い、千歳を抱きかかえて庭の方に回る。
塀の向こうから母さんを呼ぶと、親父は塀を登ってこちら側へ着た途端、急いで病院に向かっていた。
親父と千歳をロビーで待っていると、親父は診察室から出てくるなり、切り出してきた。
「右膝にヒビが入ってるって。 膝裏に大きな青あざもできているから、踏まれたんじゃないかな…」
「ヒビだけで済んで良かったじゃん」
「担当医にも言われたよ。 『そんなに心配しなくて大丈夫ですよ。 まだ小さいですし、すぐに良くなりますよ』ってさ…」
親父はそう言った後、さらに凹んだようにため息をついていたんだけど、千歳は何かを悟ったのか、親父に一言。
「ちー、泣かなかったよ?」
親父はその言葉を聞いた途端、目を潤ませながら「偉いな」と、千歳の頭をグシャグシャっと撫でていた。
病院から帰るとき、親父は千歳をしっかりと抱きしめ、一言も話さないまま家に着いていたんだけど、玄関の前にいた人だかりは姿を消し、その代わりにパトカーが停まっていた。
家に入ると、ヨシは母さんを守るように、母さんの前でファイティングポーズをとっている。
母さんに話を聞くと、興奮した一部のファンが暴徒化し、ドアを殴りまくってしまったせいで、母さんが慌てて通報したとのこと。
『これ、マジでやばいんじゃ?』
そう思っていると、親父が切り出してきた。
「引っ越そう。 これ以上ここに居たら危なすぎる」
「引っ越しって、新居はどうすんの?」
「4人とも、しばらくじいさんのところに居ろ。 俺はオーナーに相談する。 ちーとヨシは、明後日、終業式だけど、このまま休ませる」
『それしかねぇよなぁ…』
諦めに近い心境のまま、大きくため息をついていた。
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