第11話 居ない

『今日こそ、ちーに駆け足飛び教わろう!!』


そう思いながら学校に行き、ちーの教室を見たんだけど、いつも座っている机には、ちーの姿がなく、ランドセルがかかっていない。


「ねぇ、ちーって休み?」


ちーのクラスのやつに聞いたんだけど、そいつは「ちーって誰?」と聞き返すだけ。


「ちーだよ。 中田英雄の子供」


「あいつって中田英雄の子供なの!? だから来てたんだ!! 最初、顔が腫れてて誰かわかんなかったよな!」


「すげーかっこ良かったよな! ベルト見せてほしくない?」


「見たい!!」


そいつはそのまま英雄の話をしてしまい、俺と二人で盛り上がっていた。


学校を終えた後、玄関にランドセルを放り投げ、英雄さんのいるジムに駆け出したんだけど、普段、人であふれかえっているジムの前には誰もおらず、ガラスの壁の向こうにはカーテンが閉められ、中の電気は消えていた。


『休みなんだ…』


仕方なく、落ち込んだまま自宅に帰り、数回だけ飛べるようになった駆け足飛びを始めていた。



冬休み中は、飛行機でおじいちゃんの家に行き、おじいちゃんとおばあちゃんの3人で過ごす。


年末になると、親父がおじいちゃんに家に来て、ずっと4人で過ごしていた。



新学期が始まり、教室にランドセルを置いてすぐ、ちーの教室に駆け出したんだけど、ちーの机自体がなく、そこにはクラスの女の子が座り、友達と話していた。


すぐさまその場に行き、座っていた女の子に切り出す。


「中田ちーは?」


「ん? 転校したみたいだよ?」


「え? なんで?」


「知らな~い。 先生に聞いてみれば?」



すぐに職員室へ行き、ちーの担任に聞いたんだけど、担任は「お父さんの都合」としか教えてくれなかった。



『ちーが転校? なんで? どうして?』



どんなに考えても、その理由がわかることなんてなく、学校が終わった後、ランドセルを背負ったままジムの方へ向かっていた。


ジムの向こうは相変わらずカーテンが閉まっていて、中の電気がついていない。



『今日も休みなんだ…』



がっかりと肩を落としながら自宅に帰り、縄跳びをしていた。



ついこの前、英雄さんの構えるミットにパンチをしていたのに…


ついこの前まで、ミットを蹴るちーのことを見てたのに…


もっとたくさん、二人と話したかったのに…


二人は何も言わず、何も話せないままに、煙のように姿を消していた。



数日後、新しく始まった、ボクシングを題材にしたアニメが学年で流行り始め、毎週、日曜の朝はそれを見るように。


月曜の朝になると、クラス中がアニメの話でもちきりになっていた。



放課後、同級生3人でジムの前に行ったんだけど、ガラスの壁の向こうには、相変わらずカーテンが閉まり、電気も消えている。


カーテンの向こうをボーっと眺めていると、同級生の一人が切り出した。


「ずっと休みだね… 中田の子供も居なくなっちゃったし…」


「ちーって、本当の名前、なんて言うんだろ?」


「んとね、確か… 千尋じゃなかったっけ?」


「千尋って言うんだ… アニメの女の子と一緒だ…」



やっとフルネームが分かった時には、千尋の姿が見れなくなった後。



異常なほどキラキラしていて、滅茶苦茶かっこよかったファイティングポーズを思い出すと、寂しさが押し寄せ、押しつぶされそうになっていた。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る