第5話 いたずら

「カズ!」


名前を呼ばれて振り返ると、制服姿の光君が駆け寄ってきた。


「今日もジム行くか?」


「いや、今日は休むよ。 試合前だしさ」


「そっか。 スパーしたかったんだけどなぁ」


光君はそう言いながら、がっかりと肩の力を落としている。


「試合終わったら、いくらでも相手になるよ」


歩きながら話をし、ジムの裏側で光君と別れ、自宅に向かっていた。



自宅に入ると同時に、ミットを打つ音が聞こえてくる。


『また親父がちーをいじめてる…』


呆れながらリビングに行くと、ちーがミットを蹴っていたんだけど…


ミットは柱にガムテープでぐるぐる巻きにされ、千歳は必死にそれを蹴っていた。


「ちー!」


思わず声をかけると、ちーは足を止め、肩で息をし始める。


「これ… ちーがやったのか?」


千歳は肩で息をしながら大きく頷くだけ。


「お前、これ怒られるぞ?」


ガムテープを少しだけ剥がすと、柱の表面がガムテープにくっつき、柱自体がべたべたしていた。


「帰ってくるまで待てなかったのか?」


「…キラキラ、見たい」


「あんまり練習しすぎると、怪我してキラキラ見れなくなるぞ?」


千歳の表情は、一瞬にして曇ってしまい、落ち込んだように俯いてしまった。



「まぁいいや。 危ないから、一人で練習すんなよ?」


「…兄ちゃん帰ってきたら、練習していい?」


「毎日はダメだからな? 火、木、土だけ。 帰ってきたら、ミット持ってやるよ。 なんか飲んで来い」


はっきりとそう言い切ると、千歳はパァっと明るい表情をし、キッチンに向かって駆け出した。



数時間後。


2階の部屋で雑誌を見ていると「ヨシヒト!! 来い!!」と、大声を上げる親父の声が聞こえてくる。


『またなんかやったのか?』


そう思いながら1階のリビングに行くと、柱にガムテープでぐるぐる巻きにされたミットの前で、ヨシは泣きじゃくりながら正座をさせられ、親父は顔を真っ赤にして怒鳴り散らしていた。


「大事なミットをこんな風にしていいと思ってるのか!!」


「知らないって!!」


「とぼけるな!! お前以外にこんなことをする奴がどこにいるんだ!!」


「だから知らないってば!!」



『あ、剥がすの忘れてた…』


親父に近寄り、「それやったのちーだよ」と切り出す。


「ちー? 母さんと買い物行ってるのに、出来るわけないだろ」


「俺が帰った時にはこうなってたんだって。 一人でキックのトレーニングしてたんだよ。 早くキラキラが見たいんだと」


ため息交じりに言い切ると、玄関の開く音が聞こえ、千歳がリビングに飛び込んできた。


「ちー、これ、ちーがやったのか?」


親父が改めて確認するように聞くと、千歳は黙ったまま頷き、小声で「…ごめんなさい」と告げてきた。


「そうか! ちーがやったのか! すごいじゃないか!! 一人で練習できるように、考えて工夫したんだな! 偉い偉い!」


親父は満足そうに千歳の頭をグシャグシャっと撫で、ヨシは正座をしたまま涙をぬぐっていた。


『次男の立場…』


そう思っていると、親父は千歳と自室に入った直後、勢いよく飛び出し、いつも使っているカバンを床に叩きつけた。


「ヨシ!! お前、何てことしてんだ!!」


カバンの中からは、数匹の小さなカエルがぴょこぴょこと飛び跳ね、ヨシは顔を『ヤベ』と言わんばかりの表情をしている。


「虫かごが無かったんだよ!」


「だからって俺のカバンを使うな!! 自分の使え!!」


「自分の使ったら汚くなるじゃん!!」


「俺のだって汚くなるだろ!!」


二人が言い合いをする中、千歳は小さなカエルを必死に追いかけ、外へ逃がしていた。


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