第4話 スパルタ

来る日も来る日も、千歳をジムに連れて行き、千歳は必死にミットを蹴ったり、親父に言われてサンドバックを殴ったり。


帰宅後、千歳は親父から直接指導を受けて涙を流し、弾き飛ばされていた。


けど、千歳は親父に対して文句を言うことや、逃げ出すこともなく、ただただ黙って言いなりになるだけだった。


「親父止めないの?」


キッチンに立つ母さんに切り出すと、母さんは呆れたように答えた。


「カズの時も、ヨシの時もそうだったじゃない。 つい最近始まったことじゃないし、止めるだけ無駄」


「けど、ちーは女だぜ?」


「端から見てればわかるけど、父さん、かなり手加減してるわよ? カズの時はもっと酷かったんだから」


『手加減? どこが?』とは言えないまま、涙を流す千歳を眺めていた。



ある日のこと。


親父の初防衛戦が決まると同時に、親父は千歳に対して怒鳴りまくるように。


親父に怒鳴られた途端、千歳は目にいっぱいの涙を浮かべて零し、親父に弾き飛ばされていた。


あまりにもスパルタすぎる光景に、見るに見かねて「親父、もうやめてやれよ」と言うと、親父は八つ当たりをするように切り出してきた。


「ちーは他の子より小さいだろ! 何かあってからじゃ遅ぇんだぞ!!」


「だからってさぁ…」


「ちー! 黙ってないでなんか言え!!」


親父に怒鳴られ、千歳は次々に零れる涙を拭っていたんだけど、しゃくりあげるばかりで言葉にならない。


「はっきり言え!!」


親父が怒鳴りつけると、千歳は何かを言おうとしていたんだけど、泣きじゃくってるせいで言葉にならず。


親父はしびれを切らせたように、怒鳴りつけた。


「言葉で伝わらなかったら、体で表現しろ!」


この言葉を聞いた瞬間、千歳は親父に抱き着いて声を上げて泣きじゃくり、親父はビビったのか、黙ったまま千歳を抱きしめていた。



呆れながらソファに座ると、親父は千歳を抱きしめながら頭をグシャグシャと撫で続け、千歳が落ち着きを取り戻すと同時に切り出した。


「さっきなんか言おうとしたろ? なんて言おうとした?」


「…痛いの嫌」


「じゃあ、ボクシング辞めるか?」


千歳は親父の言葉を聞き、黙ったまま顔を横に振る。


「痛いの嫌なんだろ? 辞めないと、痛いの無くなんないぞ?」


「ピカピカでキラキラの… 見たい…」


「ピカピカでキラキラ?」


「父さんが、テレビでつけてたやつ」


「ああ、チャンピオンベルトか。 あれは持って帰れねぇしなぁ… 見たいか?」


千歳は黙ったまま頷き、親父は困った表情をするばかり。


「自分で着けるしかねぇんじゃね?」


ため息交じりに言うと、千歳は俺の顔をじっと見ながら切り出した。


「つける」


「どっちで? キック? ボクシング? キックのほうが人口少ないから、ベルトに近いだろうな」


「キック」


「キックのほうが痛いぞ? それでもやるのか?」


千歳は黙ったまま頷いた後に立ち上がり、置いてあったミットを壁に立てかけ、いきなり蹴り始めた。


『よくやるわ…』


ソファの背もたれに腕を置いて呆れかえると、ヨシがソファの裏側で隠れるように、小さくなっている。


『この差…』


完全に呆れかえりながら正反対の二人を眺めていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る