第6話 疑問
「奏介! 今日、英雄の試合だな!!」
同級生にそう切り出され、学校を終えると同時に駆け出し、自宅へ飛び込む。
家に入ると、親父が「今日は遊びに行かないのか?」と切り出してきた。
「英雄の試合あるから!」
「試合って夜だぞ?」
「えー… 見たいぃ!!」
「そうは言ってもなぁ… 買い物行って、一緒に晩飯作るか! そうすれば、英雄の試合が始まるぞ」
「行く!!」
「その前に! 宿題やれよ」
親父に言われ、キッチンのテーブルに宿題を広げていた。
親父との二人暮らしにも慣れてきたんだけど、母親のことを聞き出すことができず。
母親のことを聞いたときに見せた、親父の寂しそうな表情が頭に残っていたせいか、母親のことは聞き出せないままでいた。
宿題を終え、夕食を作った後に親父と入浴し、テレビの前に噛り付いていた。
しばらくテレビの前で待っていると、対戦相手の中田秀人が入場し、テレビから歓声が聞こえてきた。
その後、中田英雄が入場したんだけど、いつも見ている中田英雄は、豪華なベルトを着けて入場し、さっきよりも大きな歓声が響いていた。
〈ランクでは英雄の方が常に下位でしたよね?〉
≪そうですね。 前回の試合は奇跡と言っても過言ではないでしょう。 英雄は負ければ引退が確実ですから、崖っぷちの戦いになりますよ≫
『かい? あさり? かごんって何?』
テレビから聞こえてくるアナウンサーの言葉は、俺の理解をはるかに超え、意味を理解できないままでいた。
CMを挟んですぐにゴングが鳴り響き、中田と中田はゆっくりと近づく。
英雄が秀人のジャブを弾きながら近づき、ボディに向かってワンツーを繰り出すと、秀人はバックステップで距離を取る。
親父と並んでテレビに噛り付いて見ていたんだけど、第1ラウンドは二人とも様子を見るだけで終わり、テレビからは見慣れたCMが流れ始めた。
CMの最中、自宅の電話が鳴り響き、親父が対応していたんだけど、CMが明けると同時に「ふざけるな!!」という親父の怒鳴り声が響き渡り、思わず親父の方を向いていた。
『怒ってる?』
不安に思いながら親父の方をじっと見ていると、テレビからは何度かCMの音が鳴った後、ゴングが鳴り響き、慌てて目を向けた。
テレビの向こうでは顔を酷く腫らした英雄が両腕を上げ、チャンピオンベルトを腰に巻いている。
『英雄が勝った!』
親父にそれを知らせるため、電話の方に向かうと、親父は電話に向かい怒鳴り散らすばかり。
「弁護士を通すように言っただろ!!」
親父は今までに見たことがないくらい、怒りに満ち溢れた表情で、電話機に向かって怒鳴り続けるだけ。
『べんごしって何?』
不安になりながらテレビの前に戻り、キラキラと光り輝く英雄を眺めていた。
翌日。
学校に行くと、みんなは英雄の話で持ちきりに。
「あのパンチ凄かったよな!」
「ドンドン!ってなってたよね!」
いつもジムを覗きに行っている二人は、興奮したように言ってたけど、肝心のところを見ていないせいか、会話についていけない。
放課後になると、ランドセルを玄関に置き、一人でジムに行ったんだけど、そこには英雄の姿がなく、ポニーテールをした女の子が奥から出てくるなり、学生服を着た男の子に頭をグシャグシャっと撫でられていた。
『あいつ、いつも居るけど、ここが家なのかな…』
そう思いながらジムの片隅で縄跳びをしている女の子を、じっと見つめていた。
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