第7話 かっこいい

数日後。


英雄の姿を見るため、学校を終えた後、すぐにジムへ駆け出していた。


ガラスの壁の前にしゃがみ込み、中を覗き込んでいると、背後から黄色い声が聞こえ、隣にぴったりとくっつくように立ち止まる。


「あ! 居た! 光君だ!!」


「ホントだ! マジかっこ良すぎてやばくない?」


制服姿の女の子たちは、話しながらどんどん足で俺を追いやり、目の前にはガラスの壁ではなく狭い通路が。


なんとか足の隙間から見ようとすると、その中の一人が声を上げた。


「この子さっきから足触ってくるんだけど。 マジ何なの? 超キモイ…」


軽蔑するような目で見てくるその表情に怯えてしまい、慌てて通路に逃げ込んだ。


通路に逃げ込んだのはいいんだけど、そこにはコンクリートの壁が立ち塞がり、中を見れないままでいた。


『英雄が見たいのに…』


壁を見上げながら呆然としていると、小さな窓が視界に飛び込んだ。


いくらジャンプしても窓には届かず、ジムの裏を見るといくつもの自転車が置いてあった。


一番大きな自転車を必死に動かし、恐る恐るサドルの上に立つ。


窓の桟を必死につかみ、プルプルと足が震えたまま中を覗き込むと、すぐ近くでは女の子が縄跳びをしていた。


『小さいから幼稚園かな? 駆け足飛び、上手だな… いっぱい練習したら、あんなふうに飛べるかな…』



「おい!!」


突然、聞こえてきた怒鳴り声に、体がビクッと跳ねた瞬間、ガシャーンという音と共に倒れこんだ。


「痛ぇ…」


肘を抑えながら声が漏れると、「大丈夫か?」という声が聞こえ、英雄が駆け寄ってきた。



「危ないからこんなところに乗ったらダメだろ?」


心配そうにそう言ってくる英雄は、キラキラと輝いて見えてしまい、思わずうつむきながら小声で答えた。


「…前だと見えないし」


「あー、そっか。 あんなに居たら見れないわな。 血が出てるから、中に入って消毒するぞ。 こっち来い」


英雄は裏口から中に入るよう促すように、俺の背中を押してくる。



ジムの中に入り、英雄は救急箱を持ってきたんだけど、すぐ後ろにいた男の人は呆れかえったように見てくるだけ。


英雄は救急箱から消毒液を出し、消毒をしながら俺に切り出してきた


「毎日来てるけど、ボクシング、好きなのか?」


「うん。 この前、テレビで見た」


「そうか。 中田秀人好きか?」


「違うよ。 英雄だよ」


「お前なぁ… 英雄さんだろ? 言ってみろ」


「…英雄さん」


「そうだ。 英雄さんだ。 お前いくつだ?」


「6歳」


「6歳? ちーと一緒で1年か?」


「ちーって?」


「そこにいる俺の娘。 縄跳びしてるやつ」


英雄さんはそう言いながら女の子のことを指さし、思わず口から言葉が零れ落ちた。


「ちーって言うんだ…」


「そうだ。 ちーって言うんだ。 よし! 特別にミット殴ってみろ」


「親父」


引き留めようとする男性に、英雄さんは「いいんだよ」と言い、ミットを右手にはめた後、しゃがみながら「殴ってみろ」と切り出す。


『親父? パパってことだよね?』


立ち上がり、英雄さんの構えるミットに向かってパンチをしていたんだけど、英雄さんは「もっと! 全力で来い! もっとだ!」と、嬉しそうに声を上げるばかり。


『楽しい… 英雄さん、すごい優しいしカッコいいなぁ』


嬉しさを表すようにミットを殴り、英雄さんの声に応えるように、力いっぱい殴り続けていた。

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