第2話 ガラスの壁

ボクシングの試合を見た後、ラーメン屋に立ち寄り、自宅に帰ったんだけど、家の電気が消えていた。


「ママと姉ちゃん、もう寝ちゃったのかな?」


父親の手をギュッと握りながら聞くと、父親は電気をつけ、リビングにあるテーブルの上に置かれた紙を見ていた。


「パパ?」


「ああ… 風呂、入るか」


父親と風呂に入り、寝室に行ったんだけど、部屋の中がやたらと広い。


広くなった部屋を不思議に思いながら眺めていると、父親はさっさと布団を敷き、俺と一緒に眠っていた。



翌朝、父親に起こされ、目が覚めると、父親の目が真っ赤に腫れあがっている。


「パパ、目、どうしたの?」


「ゴミが入っちゃったんだよ」


「痛い?」


「いや、もう大丈夫。 朝ごはん、パパが作ったから一緒に食べよう」


「お仕事は?」


「目にゴミが入ったから、しばらく休んでいいよって」


不思議に思ったまま、父親に連れられてキッチンに行き、不格好なおにぎりを食べていた。



その日以降、父親はずっと会社を休み、洗濯や掃除、食事の準備をし始め、母親と姉ちゃんの姿を見ることはなかった。


父親に「ママは?」と聞いたんだけど、父親は「遠くでお仕事のお願いをされたんだって」と、寂しそうな表情で言うだけ。


何の仕事かもわからないまま、父親と二人で生活する日々を過ごしていた。



数週間後。


新しく始まった戦隊ヒーローが、ボクサーということもあり、学校に行くと周囲はボクシングの話で持ちきりに。


「俺、英雄がチャンピオンになった試合、見に行ったんだ!」


「え? マジで!? いいなぁ!!」


軽い優越感に浸っていると、同級生の一人が切り出してきた。


「そういえばさ、中田英雄って、この近くに引っ越してきたんだって!」


「マジで!? 見に行く!!」



放課後。


「ただいま! いってきます!!」


玄関にランドセルを投げ捨てた後に駆け出し、同級生3人で『中田』の表札を探しながら歩いていた。


自宅から少し離れた場所を歩いていると、試合の時に聞いた『バシっ』と言う音がどこからか聞こえてくる。


音を頼りにそこに近づくと、数人の人たちがボクシンググローブをつけ、汗を流していた。


3人でガラス張りになった壁に張り付くようにしゃがみ込み、中をじっと見ていると、奥から中田英雄が現れる。


「英雄だ!!」


思わず大声で言ってしまうと、英雄はチラッとこっちを見た後、右手を上にあげていた。


思わず歓喜の声を上げ、3人でじっと見ていると、英雄はグローブを手にはめ、ミット打ちを始める。


汗を弾き飛ばしながら、真剣な表情でミット打ちをしている英雄の姿は、キラキラと輝いている。


『かっこいい…』


その日以降、放課後になると毎日のようにガラスの壁にくっつき、汗を流す英雄の姿を眺めていた。

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