光の中へ~side story~
のの
第1話 きっかけ
「奏介ももう小学生か。 早いなぁ」
幼稚園の卒園式を終え、父親と母親の手を繋ぎ、父親の声に笑いながら帰路についていた。
戸建ての自宅に戻ると、玄関の前で姉貴と顔を合わせる。
姉貴は俺の顔を見て、『ふん』っと顔を背け、黙ったまま家の中に入ってしまう。
『何もしてないのに…』
少し沈んだ気持ちのまま、家の中に入ると、父親が切り出してきた。
「再来週、ボクシング観に行くか!」
「誰と誰の試合?」
「外国人の世界チャンピオンと中田英雄」
『中田英雄』と言われても、いまいちピンとこない。
けど、父親と出かけられることが嬉しくて「行く!」と答えていた。
その日以降、父親は普段よりも早く帰宅し、ボクシングのDVDを俺に見せながら「これが中田英雄だ」と教え込む。
試合展開やルールなんてわからないまま、ボクシング好きな父親の膝に乗り、テレビを見続けていた。
卒園したばかりと言うこともあり、幼稚園も休みだから、日中はずっとDVDを見るばかり。
母親が買い物に行ったことにも気づかないままに、食い入るようにテレビを見続けていた。
小学校の入学式を終えた後、父親と二人で電車を乗り継ぎ、小さな試合会場へ。
『チャンピオンの相手がかなり格下だ』と言うことも知らないまま、はじけ飛ぶ汗が見える距離で、試合を食い入るようにリングの上を眺めていた。
タイトル戦直前の試合を終え、父親に教えられた『中田英雄』の試合を待ちわびていると、隣から男性の声が聞こえてくる。
「英雄はダメだろ。 もって2ラウンドだろうな」
「今年36でもう年だし、負けて引退するのが見えてるよな」
『引退? 引退って辞めちゃうってこと?』
そう思いながら『中田英雄』の登場を待ちわびていた。
数分後、中田英雄がリングに上がり、試合が開始のゴングが鳴り響いた。
現チャンピオンが様子を見るようにジャブを繰り出し、英雄はそれを弾くばかり。
「英雄、ビビってんじゃん。 見てらんねぇよな」
隣の席に座る男性が呆れたように言い切った瞬間、英雄の左ボディがチャンピオンに突き刺さり、チャンピオンはあっけなくダウン。
会場内がどよめく中、カウントは進んでいき、そのまま試合終了の合図が鳴り響いていた。
大喜びしながら抱き着いてくる父親の腕の中で、喜びながらも隣に座る男性を見ると、男性は一緒に来ていた人に対し、偉そうに言い切っていた。
「だから言ったろ!? 英雄は崖っぷちなんだから、絶対やると思ったんだよ!」
『負けるって言ってたじゃん…』
そんな風に思いながら、リングの上でピカピカでキラキラのベルトを着けている『中田英雄』と眺めていた。
試合を終えた後、電車を乗り継ぎ、歩いていたんだけど、話題の中心は『中田英雄』のことばかり。
「パパ、中田英雄好きなの?」
「そうだな。 パパも小さいときにボクシングをやりたかったんだけど、おばあちゃんがダメって言って出来なかったんだ。 中田英雄はパパと同い年で、パパができなかったことをやってるから、応援したくなるんだよ。 奏介はボクシング好きか?」
「うん! 中田英雄、カッコよかった!」
「カッコよかったな。 世界で一番強くてかっこいい人だな」
嬉しそうに笑顔で言い切る父親と手を繋ぎ、自宅に向かって歩いていた。
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