07.秀章「先輩と後輩のムーブ(試し読み版)」

 のりちゃんがうちのサークルに入ったのは、今から四ヶ月前、六月末のことだった。

 のりちゃんは元々、とあるソフトテニスサークルに所属していた。まぁその実態はオールラウンドサークルなわけだが、学友会の管轄にあり、部費も下りている、老舗のサークルだった。

 そして学友会管轄下のサークルは、四月末に学友会が主催する『研修合宿』なるものへの参加が推奨されている。これまた実態は単なるレクリエーション旅行なわけだが……それに参加したのりちゃんが、やらかした。

 夜の宴会で、学友会委員長こと悪代官に、一気飲み勝負をふっかけて潰したのだ。

 といってもこれは悪代官が悪い。なにせ悪代官はその宴会で、気の弱そうな女の子を標的に、アルハラセクハラを繰り返していたのだ。そしてそれを見かねたのりちゃんが、悪代官の制裁に乗り出したというのがことの経緯だ。

 僕はその場にいなかったので、これは聞いた話だけど、悪代官が目を回して倒れた瞬間、会場は拍手喝采雨あられだったらしい。周りも悪代官の横暴には困らされていたので、のりちゃんには「よくぞやってくれた!」と惜しみない賞賛が送られていたのだとか。

 空のジョッキを得意げに掲げているのりちゃんの姿が目に浮かぶ。

 だが、その出来事以来、面子を潰された悪代官の復讐が始まった。

 のりちゃんが所属するそのソフトテニスサークルに、テニスコートや体育館の使用許可が下りなくなった。過去の帳簿を引っ張り出してこられ、部費の使い道に難癖をつけられるようになった。そもそも今更になって、ソフトテニスサークルとは名ばかりのオールラウンドサークルであることに疑義を呈され、審問会まで開かれる始末だった。

 それらはすべて、悪代官による嫌がらせだった。

 恨み(といっても逆恨みも甚だしいが)があるのは、のりちゃんに対してのはずなのに、本人には直接手を出さないのが実に嫌らしい。だが、効果はてきめんだった。

 ソフトテニスサークルの人たちは、のりちゃんを持て余すようになってしまい、のりちゃんもその空気を察したのであろう。自らソフトテニスサークルを去った。

 しかものりちゃんと悪代官の確執は、他の部活動やサークルの間にまで知れ渡っていたらしい。

 結果、のりちゃんはどこか別のサークルにでも入ろうと、あちこち見学に回っていたそうだが……のりちゃんを受け入れてくれる部活動やサークルはもはやなかった。

 そりゃあそうだ。のりちゃんを入部させれば、今度は自分たちが悪代官に目をつけられる。

 のりちゃんは敬遠されていた。

 けれど、世事に疎く、そんな事情などつゆ知らずにいた間抜けが、一人いた。

 部員不足に悩まされ、幽霊部員でも全然いいから誰か入ってくれと、六月末になってもまだ勧誘活動をしていた間抜けが、一人いた。

 僕だ。

 時期外れのサークル紹介の冊子を片手に、サークル棟をうろつくのりちゃん……その、どこか淋しげな横顔に、僕は思い切って声を掛けた。


『お、おねえさん! 名義だけでも貸してくれませんか⁉』

『……は?』


 あの時のりちゃんが僕に向けた、不審者を見る目は今も忘れられない。

 当たり前だ。開口一番に「名義を貸してくれ」だなんて、犯罪臭がプンプンする。自分とは別世界の、ギャルという人種に声をかけるという緊張があったとはいえ、あれは完全に僕が悪い。

 ともあれ、初接触で多少の誤解はあったものの、僕はのりちゃんを勧誘した。

『……私、絶対迷惑かけますよ? そもそもボルダリングだってやったことないし、正直興味もそんなにだし、高いところも苦手だし』

 のりちゃんは自分を受け入れてくれるサークルを探していた割に、そう二の足を踏んでいたりもしたけれど……僕のほうは脳天気だった。

『合わないなって思ったら来なくなってくれてもいいし、悪代官はまぁなんとかなるでしょ。平気平気』

 かくしてのりちゃんは、我がサークルの一員となった。

 するとそれ以来本当に、悪代官からネチネチと嫌がらせを受けるようになった。

 先程、部室で流している音楽がうるさいと苦情を言いに来たのもその一環だろう。のりちゃんがうちのサークルに来てからもう四ヶ月も経つっていうのに……うんざりするくらい執念深い。

 まぁ、そんな嫌がらせの可能性も承知のうえで、僕はのりちゃんを迎え入れたのだ。自分のその選択に責任を持つではないが、僕は矢面に立って、悪代官に頭を下げる日々を送っている。

 その度にのりちゃんは、申し訳無さそうにするけれど、別に悪いのはのりちゃんじゃない。

 だから、

「……悪代官のことはいいから、登ろっか。登ってたんでしょ?」

 どうってことない風に、僕はのりちゃんに、にへらと笑う。

 するとのりちゃんも、ほっとしたように相好を崩し、「りー」と小さく敬礼した。


(※この続きは12月30日発売の合同誌本編でお楽しみください)

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

【サークル・七味唐辛紙】『先輩と後輩』・試し読み版【合同誌・第一弾】 七味唐辛紙 @red_h_c_papers

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ