06.助供珠樹「いつか捧げるこいのうた(試し読み版)」

 クリスマスライブの前日のこと。

 彼女でありバンドの中心核であるボーカルの果凛から、俺は突然の別れを告げられた。

 理由は単純で他に好きな男ができたからだという。

 それも相手は同じ大学ではなく、高校の時の元同級生。

 高校時代にも二人は付き合っており、つまりはよりを戻した形になる。

 男は高校の頃からラグビーをやっていて、大学でも同じようにラガーマンをしているらしい。

 俺はそれを聞いて、自分とは正反対の男だと気づいた。

 目が隠れるほど前髪を伸ばし、色白で貧弱で不健康そうな俺とはまるで違うタイプ。

 元よりガリガリな体型にコンプレックスを抱えていた身としては、これ以上の屈辱もない。

 そんな最低な気持ちを引きずったままライブに出た俺は、ろくにギターも満足に弾けず、ぐちゃぐちゃな演奏になってしまった。


 実はこのクリスマスイブの日に、俺はあるサプライズを考えていたのだ。

 それは、果凛への愛を込めたラブソングをライブで披露すること。

 この日のために、ずっと温めていた彼女への一曲だった。

 それを今宵、俺は弾き語りで披露しようとしていたのに。

 もし彼女が今日まで俺のことを好きでいてくれてたら、きっとこう言ってくれたに違いない。

 そう。

 彼女はきっと、俺の顔を真っ直ぐに見つめて――


「――はてしなくキモい」

 メイド服姿のままの先輩が、ジョッキ片手に眉をひそめる。

「え……ロマンチックじゃないですか?」

「どこが⁉ そもそもそれ、他のバンドメンバーも知ってたのか?」

「いや……ソロで弾き語ろうと思ってたから。一応持ち時間で収まる感じだったし」

「いやー演んなくて良かったしょ絶対。アンタのこの先のキャンパスライフが混沌の闇に覆われるとこだったわ」

「そんなに⁉」

 現在すすきのから離れた俺は、たぬき小路こうじ三丁目の居酒屋にいる。

 先輩は先月からこの居酒屋の隣にあるメイドカフェで働いているそうだ。なぜそんなとこで働いているのかは不明だけれども、とにかく先輩はそのメイドカフェにお使いで頼まれた荷物を渡しに行くと、すぐさま俺をこの居酒屋へと引きずり込んだ。

 そして俺はこうやってフラれた経緯を一から十まで先輩に話すこととなり、文字通り傷口に塩を塗るような思いを味わっているというわけだ。

「ま。失恋なんて酒飲んでぱーっと忘れよう。な?」

「……さっきまで俺がなぜ行き倒れてたのか、ちゃんと覚えてます?」

 しかもさんざっぱら聞いておきながら、死ぬほどまとめ方が雑。

「こっぴどいフラれ方なんて、ハタチ過ぎりゃ腐るほどあるさ。あたしだってつい二ヶ月前に好きだった男に思い切って告って、派手に玉砕したしねぇ」

「え。そ、そんなことあったんですか?」

「そ。あったんだよ」

 先輩とは昨年は何度も一緒に飲みに行く(※強制)ほどの仲だったのだが、俺が果凛と付き合い出してからは、そんな付き合いもすっかりご無沙汰になっていた。

 俺の知らない間に、先輩にもそんなことがあったとは驚きだ。

 てっきりそういう色恋沙汰みたいなものとは無縁の人だとばかり思っていた。

 というより、酒以外は愛せない人だと本気で思っていたから。

「失礼を承知で聞くんですけど、なんて言われてフラれたんですか?」

「『お前には萌えが足りない』って」

「あ、わかる」

 おしぼりを投げつけられた。

「とにかく! あたしがメイドカフェで働いているのはそんな理由ってわけ!」

「そんなくだ、……理由だったんですか」

 ギリギリ『くだらない』という言葉を飲みこんで、二度目のおしぼり攻撃を回避した。

「まぁせっかくのイブの夜だ。後輩が寂しく過ごすのを黙って見過ごすような先輩にはなりたくないわけだよあたしゃ。だから、今日はとことん付き合ってやるからな!」

「結局は自分が飲みたいだけじゃん……」

「なんか言った?」

「尊敬してる先輩と過ごせて最高に素敵な夜です、と」

「だろだろ? んなはははっ!」

 相変わらず変な笑い方だと思いながら、俺はこっそり手元のスマホで終電の時間を確かめる。あと一時間はある。きっとその頃には満足して解放してくれるに違いない

「あたしにはわかるんだよ」

「何がです?」

「アンタは人前で虚勢を張るのがくせになってる。どうせ果凛の前でもロックだなんだって言って、すぐにカッコつけて空回りしてたんでしょ」

「うぐぅっ!」

 言葉が胸に突き刺さる。

「そうやって神谷は誰にでも虚勢ばっか張り続けて生きてっから、意地になって誰にも弱いとこ言い出せないまま抱え込んでるの。やるせなさとか、喪失感みたいなのを発散できないでいるの。そのままだと、失恋のショックだっていつまでもずっと引きずることになるぞ?」

 一度ぐいっとジョッキを煽ってから、先輩は続ける。

「どうせ一人になりたいって思ってんだろうけど、今日はあたしがアンタの愚痴を全部聞いてやるよ。さ、お姉さんにすべて言いなさい! 朝まで一緒に付き合ってあげようじゃないか!」

「えぇ……」

 ありがた迷惑も甚だしかった。確かにモヤモヤした気持ちは胸の中にあるけれど、誰かにそれを打ち明けるなんて恥ずかしいこと、できるはずがない。

 ましてその相手が蟒蛇の桜木先輩だなんて。確かに他の人に比べたら映画やロックの話をたくさん話すこともあったけれど、それだけだ。

豪快な性格の先輩に、失恋というナイーブな気持ちを曝け出すなんて無理だ。

「ていうか……そもそも他人にどう曝け出すんですか? そういうのって……」

「単純さそんなん。話したくなるまであたしに付き合ってりゃいーのさ」 

「でも俺……別にフラれたからって、これ以上みっともない姿はもう……」

「なーに言ってんの。この失恋童貞」

 なんだ失恋童貞って。

「わぁーったわぁーった。とにかくこのお姉さんにしばらく付き合いなさいよ。こうやって一緒に飲むのも久しぶりでしょ?」

「まぁ、そうですけど……」

 どうやら何を言っても帰してくれなさそうだ。

 しょうがない。どこかでタイミングを見計らって逃げ出してやろう。


 ***


 そう思っていたのに。

「――お客様、そろそろご飲食がラストオーダーの時間ですが」

「あ? もうそんな時間になっちゃった⁉ んなはははっ!」

 酔っぱらった先輩のバカ笑いを聞きながら、俺は机に突っ伏していた。

 失恋した俺を慰める会が、いつの間にか先輩のバイト先の客の愚痴を聞かされる会になっている。トイレと言って退散しようにも、場所は先輩が座っている位置からは丸見えで、おまけに店の出口は先輩の背後にあるという最悪な状況。

 逃げようにも逃げられず、終電は見事にスルー。

 ゲームオーバーであった。


(※この続きは12月30日発売の合同誌本編でお楽しみください)

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