ナナオ  10

 それからの生活が劇的に変わった訳ではありませんでしたが、少なくとも、これまで行っていた、子供扱いする仕草、例えば頭を撫でたり、身体に触れたり、お遊びのような口付け、なにかとかこつけて添い寝、そういったことを控えるようになりました。愛玩のための人形ではなく、一人の人間である、と初めて意識するようになった、といっても過言ではありません。案外、佐久間の様子は変わることはなく、これまでと同様、彼はぼんやりとタバコを吸い、酒を飲みながら、殆ど話す事なく時間を共有しておりました。ただこちらが触れようとしない事に気付いたのか、彼からボクに触れる事もほとんどなくなり、かえってボクの方が、辛抱が足りず、時が経つにつれ人肌を求めるようになりました。時には佐久間と恋人同士のように愛し合っていた事を思い返すと、たまらなく寂しくなって、ボクは、その寂しさを紛らわすために外に出て、雪村と会う回数が増えました。

 雪村は、身勝手な石像に対して大変に寛容でした。罪の意識に耐えきれず、あっさりと佐久間について白状したボクに、彼女は、そういう事もありますね、とどこか自分ごとのように許容したのです。佐久間の筋張った身体よりもずっと柔らかい女の肌に触れ、侵襲する度に、雪村の匂いが色濃く残り、少しずつ寂しさは薄れていきました。


「ナナオさん、佐久間さんには、このまま何も言わずにいるつもりなんです?」

ある日、裸の雪村が淡い灯りの中でふと問いかけました。薄く汗ばんだ身体が艶めいて、ビニルのようにてらてらと輝いている様子にぞっとする美しさがありました。

「……ええ、彼はかしこい子ですから、とうに気付いていると思います。わざわざ言う事もないかと」

「言わずに、いられるんですか?」

彼女の黒く塗られた爪が畳をかすめる、さり、という音が妙に響きます。二人でじゃれ合っているうちに、ずいぶんと布団の片端へ寄ってしまったようです。ボクは雪村を腰の上に抱えたまま起き上がり、その場の空気を茶化すように中央へにじにじと動きました。

「意地の悪い質問ですね」

作り付けの服の凹凸に代わって、雪村の中にいる柔らかいおもちゃをゆっくりと押し上げると、その動きに合わせて小さく鳴く女の声が聞こえました。

「言ってしまう前に、離れるつもりです。いくら分かりきったことでも、直接話すのは互いに億劫ですから」

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