ナナオ 9
居間には寝る前と同じようにソファの上で丸まっている佐久間がおりました。毛布は腰の周りにぐるりと巻かれ、金色に輝く日光がさんさんと窓から差し込み彼を包んでおります。日差しとは裏腹に死体のような血の気のない顔色がこちらへ向き、ん、と小さく挨拶が聞こえました。
「朝ごはんはどうしますか?朝というより、そろそろ昼ですけど」
首を横に振る佐久間に、怯えた獣にするようにゆっくりと近寄り、そっと頭に触れると、寝る直前の刺々しい様子は鳴りを潜め大人しく撫でられました。
「少しは胃に何か入れた方がいいですよ。コーヒーを淹れますから、パンでも食べませんか」
僕には味の加減はわかりませんが、お湯を定量注ぐ、タイマーをかけて火を通す、という作業ならば、もちろん問題なく遂行する事が出来るので、自身の身体を顧みない佐久間の、朝の支度はもっぱらボクの役割でした。隣に腰掛け、ふわふわの黒髪の隙間から顔を覗き込むと、そこでようやく、食べる、と返事をしたので、ボクは安堵のため息と共に立ち上がりました。
「いいよ。自分でやる」
珍しく佐久間がそう言うと、すぐに立ち上がり、キッチンに向かったのです。
日光で温められていたからでしょうか。ボクは、普段より幾分活動的なだけの佐久間に、奇妙に安心してしまったのでした。案外、自分なんかがいなくても大丈夫なのではないか、これまで主導権を握っていたと思っていたのに、そんなことはなかったのだと思い知らされるやるせなさに、思わず佐久間の後を追って、背後から腕を掴んだのです。
「何」
「あ……いえその……」
もう佐久間は出会った頃の、学生服の少年ではありません。そんな当たり前の事を、まざまざと見せ付けられた感覚でした。たかだか朝食の支度で意識が変わる事自体、相当に彼を見下していなければ成り立たないのだと頭では理解していても、彼の幼さの面影ばかりを愛していたボクには認め難いものだったのです。
「……怪我しているから、代わりにやりましょうか?」
苦し紛れの提案も、大丈夫、の一言であっさりと拒否されてしまい、それ以上踏み込むこともできず、ボクはただすごすごと、彼の座っていたソファの向かいに座る事しか出来ませんでした。腰を下ろした拍子に立ち上る、日光をきらきらと反射する繊維質のホコリたちが、祝福するように辺りを舞っています。この時ボクは、ほんとうに彼と離れる決心をしたのです。
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