ナナオ  8

 三時間ほど眠っただろうか。ブランケットから顔を出すと、身体の上にもう一枚、厚手の毛布が掛けられており、電灯の明度とテレビの音量は消えない程度まで落とされていた。ナナオは自室に戻ったようで部屋の中に姿はない。ぼんやりとスマホをいじっていたが、ふつ、と電源が落ちた。どうやら充電が切れたらしい。充電器に繋ぎ、スマホを置いて冷蔵庫に向かった。昼間のうちに冷やしておいたビールの缶を一本取り出す。寝ても覚めても酒を飲んでいるが、酔うことすら出来ない。

「あー」

喃語にも似た、ため息が己の喉から発せられた、その無闇な音声がどうしようもなく哀れに思えて、ぼたぼたと涙が落ちた。死にたいのだ。どうにか息を継ごうとしていたが、いい加減にそれも諦めていいのではないか。缶を握ったまま床に座り込む。あまり泣いている音を鳴らしては怒られる、と小さい頃からよく調教されていた。流れるままの涙は服を濡らしていく。鼻水を啜れば音が鳴るので、座る前に手にしたティッシュをそっと二枚取り出し鼻の穴を押さえ、口呼吸を繰り返した。

「死にたい。死にたい」

ぱくぱくと口を動かすだけで音はない。こうなってくると死ぬための道具ばかりが目に入る。ハサミ、包丁、延長コード、ホウ酸ダンゴ、鎮痛剤。その中から一番、飲み慣れている鎮痛剤の青い箱を掴むために立ち上がった。


 止めてくれ、と心のどこかで思いながら、一箱分を全てアルミ包からぷつぷつと取り出した。一粒ずつ酒で飲んでいくが、時折えずき、吐き戻しそうになる。身体ががたがたと震え、拒絶している。実の所同じような飲み方をした事は何度かあり、手元にある分では致死量には至らない事を知っている。が、何かの手違いで、あるいは限界をうっかり、越えてしまって、死んでしまうのも悪くない、と思いながら全て飲み干した。ゴミ箱に残骸を捨て、その上からティッシュを被せて証拠隠滅を図る。見つけて欲しい。見なかったふりをして欲しい。そのどちらもが本心だった。吐き戻さないうちにソファに戻りブランケットを被る。すぐに、つきつきとした頭痛と猛烈な吐き気に襲われるが、それを無視して目を固く閉じていた。今日はナナオも休みだから、朝が来るのはしばらく先だろう。そう思ったところで、もはや生活の全てがナナオという男に支配されているのだという事実にたどり着くが、もう考える気力も残っていなかった。朝はまだ来ない。

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