ナナオ  5

「それで、葛西さん。前回の、展示された静物を紹介して欲しいという人が──」

仕事している間も、出掛ける時の、佐久間のあの諦めたような視線をふと思い出しては、今すぐにでも帰って抱き締めてやりたいと気ばかりが急いてしまうのでした。彼の人生を台無しにしてでも、手元に置いておきたい。そう考える事はあっても、たとい壊れてもその気になれば死なない静物と違って、定命の、と偉ぶって言うのも気恥ずかしいものですが、あっさりと死んでしまう彼らを、捕まえておく事に、もはや疲れ始めていたのです。幸いにも情報化社会においては静物同士でのコミュニティも、ボクが完成した頃よりはずいぶんと楽に築く事が出来るようになりました。交通網の発達によって、都心程度ならば行き来も大して難しい話ではありません。手前勝手な都合で、ボクは佐久間を捨てようと画策していたのでした。仮にそれが、彼を不幸にするとしても。

「ええ、それでは来月の展示の折には、ぜひお話をお伺い出来たらと。よろしくお願いいたします」


 どうにか仕事を片付け、職場に戻ると、雪村、という女性が出迎えました。静物として過ごす長い年月のうちに、否、人間のように生きていた期間が長いからか、他人の、こちらへ好意を寄せる瞳、というのは独特なもので、ボクは、それを嗅ぎ分けるのに長けておりました。あまりに熱心に目配せをするものだから、ちょうど具合が良い、と下衆な心で、彼女とある程度親しくなっていたのです。

「おかえりなさい、ナナオさん。どうでしたか。葛西という人は、あれでいて話のわかる人でしょう。あまり無茶を言う人ではないし」

「そうでしょうか。ボクはこんななりですから、次回は雪村さんにもご同席いただけたら気楽なんですけど。ついでに食事でも、いかがです?」

そんな事を言ってやると、頬を赤らめて、デートですね、と軽口のふうをして、裏返った声で言うのが大層可愛らしい人でした。

「ボクね、タバコをやめたんです。貴女タバコがお嫌いでしょう?」

「そうですか。なら、行ける店が増えますね」

にこにこと笑う彼女に、最近手入れをして、を落とした指先を見せました。そっと手を取って、本当だ、と嬉しそうにするのを見ると、都合よくそこに在った相手であっても、存外悪いものでもない、と考えてしまうのは、単なる浮気心でしかないような、罪悪感で、そこにない心臓がちくりと痛むのでした。

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