ナナオ  4

 業者が来るのは午前九時の予定でした。念のため十五分前に佐久間に電話をしましたが出る気配もなく、通話を億劫がっているのか、あるいはスマホを手元に置いていないかだろう、と考えたボクは、念のためメモに取っておいた業者の番号に架け、中には人が居るはずなので、チャイムを何度か鳴らしてください、と伝えました。佐久間は眠りが浅く、決して朝が苦手な男ではありませんので、その点においては信頼の出来る人間でしょう。また、では愛想もよく、社交性がない訳でもないので、今日のように知らない人間に対しては、殊更に不安はないのでした。


 佐久間と出会ったのは、いわゆる出会い系サイトと呼ばれるものでした。かれこれ二十年ほどの付き合いとなります。今でこそ、そういう場はもう少し上品な名前で知られていますが、まだ身分証すら必要なかった当時、界隈は掃き溜めのような、騙し合いの世界でしたので、佐久間は大人で、ボクは女であると嘘を吐いて待ち合わせをしたのです。待ち合わせ場所は駅前のロータリーで、佐久間は、不用心にも車を覗き込み、女じゃない、と一言だけ漏らして、勝手に助手席に乗り込みました。まさか学生が学生服のまま来るとは思っていなかったもので、ボクはドライブをしながらしばらく考えたのち、佐久間を家に招き入れました。人間に危害を加えない事が、静物が社会に存在を許される一つの条件だったのです。もし逃がして、警察に突き出されるような事がありでもしたら、死刑廃棄処分は免れないので、また捨て切れない下心もあり、どうにか手懐けてやろうと必死でした。まさかこれだけ長く付き合いが続くとは、この時は露程も思わなかったのです。


 佐久間は寂しい子供でした。なので、寂しいもの同士、あっさりと懐いたのです。彼の父は彼に愛情はあったようですが、それは真っ当な、人間らしい愛情で、人でないものに向けていい類の愛ではなかったのでした。ボクたちは出会ってその日のうちに、ひとでなしの愛を結びました。といっても、は佐久間を傷付ける造りにはなっていなかったので、柔らかい肉への侵襲はなく、冷たい石の愛撫、耳を犯す具合のいい言葉をもって紡いだ愛でした。

 佐久間は本来ならば、素行の良い子供のようでした。ただ人恋しさに危うい橋を渡り、残念ながら人でなしに繋がっただけの普通の子供でした。彼の体質も、なんて事はない。まあ、紙くずをあちこちに散らばすのはともかくとして、折り紙以上の、例えば大きな木や石を彫ったり、そういった大作を作る事はなかったのです。その程度の事が、たまたま親の理想とした真人間でなかった。れらの言うところの『真』などというのは、狭い定義ですから、佐久間も佐久間の父のするように切り捨ててしまえばよかったのに、そう出来なかっただけの、哀れな子供でした。

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