ナナオ  1

 小さな頃から何かを作る事を禁じられていたが、子供がそんな言いつけを守るわけもなく、かえってその遊びを好み、教卓の引き出しに詰め込まれたプリントの余りや書き存じのメモなんかを正方形にちぎってセミやカエルを作っていた。他の子供が図画工作の時間になると心底楽しそうに様々な生き物を作っている中、教師を含む世界を構成する大人すべてから、粘土も、折り紙も手にする事を厳しく咎められ、私は、生徒がわいわいと騒ぐのを教室の端の席で眺めながら漢字や計算に立ち向かっていたのである。私が紙や粘土で生き物を作るたび、必ずその生き物達はあちこちへ飛んで跳ねてし、どこかへ消えてしまったり、走り回る子供達に踏みくちゃにされて死んでいた。どうやら特異体質だったようで、気を病んだ父が文藝街ぶんげいまちのあらゆる医者や研究者に見せて回っていたが、そのような体質の者は他にも両手で数える程度には存在しているらしく、中にはそれを生業としている者さえいて、将来有望ですよ、とだけ言われて毎度帰らされていた。何せ治療と言えば、物を作らないよう手足をいだり、ギブスを嵌めて生活するなどの非人道的な支援だとか、何か他の事へ気を向かせるためのレクリエーションだとかそういった方法で予防するほかなく、あるいは何かを作り出してしまった時に的確に殺す方法なんかを教えられるばかりで、この両手の厄介を根源から治療する手段はないようだった。涙ながらに父は、静物せいぶつを作るのをやめるか、あるいは二度と鉛筆を握れないようになるかを決めろと、私の二の腕に包丁を当てながら言ったものだから、幼い私は親のためを想い、もう二度と作らない、と嘘をついたのだった。


 最初に嘘を吐いてから三十年弱の月日が流れた。気の狂った父は死に、母はなく、親類もさして仲の良い訳ではない。私は文藝街の、海岸線が眼下に広がるマンションの一室で日がな一日タバコを呑んで暮らしている。

「佐久間さん、タバコを吸う時は窓を開けてくださいって、何度も言っているでしょう」

「窓を開けたら寒いだろうがよ」

ナナオが眉根をひそめながら換気扇のスイッチを押した。がたがたと喧しい音が鳴り始める。

「これ、明日になったら修理業者が来ますけど、ボクは仕事があるので、佐久間さん、明日は早起きしてくださいね。そろそろ向こうは繁忙期らしくて、そこしか時間が取れなかったんです。玄関を開ければそれでいいので、お願いしますね」

そういうとナナオは、大きなキャリーケースをがらがらと引き玄関へ向かった。靴を履く音がしたかと思うと、大声でこちらに向かって念押しするように、お願いしますね、ともう一度言って出かけてしまった。明日の夜まで帰ってくる事はない。私は、三本目のタバコに火を点けながら、夜に会う予定の女に電話をかけた。

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