ユタカくん  10

「……ユタカくんのからだ、思ってたより硬いね」

泣き止んで、しばらく経ってから綿貫さんが口を開いた。心地いい重さがゆっくりと離れ、赤くなった瞳で僕を見つめている。

「ごめん、痛かった?」

ちょっとだけ、と綿貫さんはややばつの悪そうに微笑んだ。ぐしぐしとセーターのソデで、頬に残った涙の跡を拭っている。

「でも、怖くなかった」

「静物だからかな」

傷心の弱みにつけ込むような事をしたいわけじゃない。静物モノである、というのは、そういう意味では都合が良いのかも、と自分に言い聞かせた。どこか人間でない事に負い目があったけれど、今は、認めたくない下心も、硬い樹脂で覆われて見えなくなっていればいいとさえ思う。

「ん……それもある、けど」

その続きを語るつもりは、今はないようだった。無理に問いただす必要もないだろう。綿貫さんは未だに文字が流れ続けているスマホを手に取り、少し操作してから、再び僕に画面を見せた。そこには、メッセージをブロックしたという表示があった。

「もし一人だったら、こんなふうに割り切れなかったかも。ありがと」

例によって僕は何かしたわけではなかったけれど、それでもどうにか、友人の力になれたらしい。

「いつでも話してよ。聞く事くらいなら、いくらでも出来るから」

涙で少し冷えたシャツの肩口が季節の移り変わりを感じさせた。ひんやりとどこかから流れてくる風が綿貫さんのリボンを小さく揺らす。


 それから間も無くして、昼休みが終わるチャイムが鳴った。生徒は教室に戻り、辺りはしんと静まっている。声が大きい教師の声が微かに聞こえた。あの先生声大きいよね、とどうでもいい話をしながら、綿貫さんはカバンの中から昼食を取り出した。ビニールと紙の袋に二重に収まっている、少ししんなりとしたドーナツだった。

「ねえ、午後、学校サボろうよ。あたし、ユタカくんのこと、もう少し知りたいの」

「いいよ。僕もそう思ってた」

綿貫さんがドーナツを頬張る。メープルのいい匂いがマシュマロの匂いに混じって鼻を掠めた。その味が口の中に味覚として記憶に残っていることに気付き、なんだ、案外怖くないものだな、と心の中で呟いた。

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