ユタカくん 9
綿貫さんは笑っていた。いや、笑顔ではなかったのかもしれない。口の両端を吊り上げて、泣きそうな顔でこちらを見ている。足元には画面がついたままのスマホが転がっていて、何やら長文のメッセージが届いているようだった。覗き見るのも悪いかな、と視線を逸らしながら綿貫さんに向かい合って座る。
「久しぶり」
「うん……」
しん、と会話が、始まる前に止まる。しばらくぶりに見た綿貫さんは、ずいぶんと髪の毛が伸びていた。ゆるやかに巻かれ、光の当たり具合によってピンクにも見える茶色に、細いリボンが編み込まれている。マシュマロのような甘い匂いも相まって、どこか幼さが際立っていた。
「……あのね、さよならって言ったの」
「付き合っていた人?」
「うん、そしたら、怒られちゃってね……それで、その……」
言葉を詰まらせ、再び黙り込んだ綿貫さんは、スマホをおずおずと僕に見せた。画面には長々と、偉そうな怒りの言葉が並んでいる。攻撃的な吹き出しが読んでいる最中にも次々と流れて来て、およそ大人とは思えないような傍若無人な態度にかえって安心してしまった。これだけわかりやすければ、自分にだって、相手が悪い奴だと理解出来る。
「……お、面白くなっちゃって。だって、昨日の朝まで、優しかったのに。ひどくない?これ、一晩中続いてるの」
などと、考えている場合ではないらしい。綿貫さんにとっては酷い裏切りなのだろう。目の下に黒いクマが出来ているのを見るに、眠ることすら出来なかったようだ。笑いを堪えるように震える声が、段々と大きくなる。
「あたし、今、怒ってるのか、笑っているのか……な、泣いてるのか、わかんない。……たっ、たすけて……」
目に涙をいっぱいに溜めて、こぼさないように我慢する綿貫さんを、小さな子供のようにふらふらと何かを求め両手を彷徨わせる綿貫さんを、──気付けば僕は、力一杯に抱きしめていた。
「あ、」
一文字こぼれた息が、遠くの喧騒に落ちていく。綿貫さんの手がくたりと床に着き、ふにゃふにゃとした泣き声が耳元で聞こえた。一人分の心臓の音がどくどくと真ん中で鳴っている。綿貫さんの鼓動に合わせて、僕の剥き出しの心臓が、シャツの下でことことと揺れている気がした。
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