ユタカくん  8

 次の日から、綿貫さんは屋上前に来なくなった。始めの二、三日は来ないと連絡があったものの、それ以降はメッセージのやり取りすらなくなり、それなりの時間が過ぎた。一人で過ごす昼休みが退屈だと感じたのも数日だけで、あとはこれまで通り、昼寝をしたり、ソシャゲの周回をしたり、終わっていない宿題を片付けたりして過ごしていた。やや寂しい学園生活に不安を感じ部活に入る事も考えはしたものの、どんな部にも少しはあるであろう、打ち上げだのなんだのと仲睦まじい食事の事を考えると、特定のコミュニティに参加する行為そのものが億劫に感じてしまい、結局どこにも入部する事のないまま時間はあっという間に過ぎていった。たまにケイスケや学校の違う静物せいぶつの友達と放課後に遊ぶことはあっても、人間の、友達と呼べる間柄ほど仲良くなったひとはあまりいなかったように思う。

 綿貫さんの事を忘れたわけではなかった。最後に話した内容が内容だけに不安もあったが、少なくとも一日一回はゲームにはログインしているようだったし、期間限定配布のキャラに一喜一憂している様子も見て取れたので、それが途切れたら連絡しよう、くらいに考えていた。ぐだぐだと、驚くほどに無味無臭の学園生活が過ぎていった。


 文化祭が近くなったある日。突然、綿貫さんから、昼休みはまだあそこにいるのか、とメッセージが来た。いるよ、と応えると、既読の文字だけが付いた。そっけなかったかな、と、猫の画像も送ってみたがそれ以降の反応はない。結局その日は綿貫さんが来ることはなかったが、翌日、屋上前の階段を見上げると、あの淡いピンクのセーターを着た綿貫さんがそこにいた。

「おーい」

びく、と身体を揺らし、綿貫さんがこちらを振り向く。屋上に続く扉からの、すりガラス越しの日差しで逆光になって表情は見えないが、今日は泣いていないようだ。

「ユタカくん」

ぎこちなく名前を呼ぶ声に懐かしささえ感じる。なんだかんだ言って久々に会えた事に喜びを感じながら、僕は階段を足早に昇った。

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