ユタカくん  7

「けーちゃんって、そういう知識、どこで身に付けるの」

持っている知識量の差に不公平さを感じた僕は、意味のない事だと理解しながらもケイスケにその質問をぶつけた。もしかしたら教師としての振る舞いをまとめた、マニュアルのようなものがあるのかもしれない、という淡い期待も込めて。しかし残念ながら、期待した答えはないようだ。ケイスケはカタタ、と少し笑って人差し指をぴんと伸ばし、お茶目に頬骨を指した。

「最初からだよ。お兄さんだからね」

「ずるいよ」

「そうか?俺は、高校生から始められる方がよっぽど羨ましいけどな」

アヒルを袋に詰め直し、その袋をベッドに引っ掛けたS字フックにぶら下げてから、ゆっくりと、少し低い声でケイスケが口を開く。

「お前、誰のかわかんない知識がさ、頭の中に当たり前にあるの、少し怖かったりしない?」

部屋を少し見回し、やましい事でも話すかのような口ぶりに何故かこちらも緊張する。

「どういう事?」

「俺は自分の名前以外にさ、一般常識みたいな顔をして、絶対に一般常識じゃない事を知ってたりするんだ。自分の知らない自分の声とか、他人に骨じゃないところを触られる感覚とか……壊れちゃった音とか」

茶化したり、ふざけている様子はない。普段のちゃらんぽらんな話し方とは違って、いつになく真剣な顔で、うんざりしたような重い声だった。壊れた、と聞いて、思い出したようにアヒルの頭を返す。

「壊れちゃったって、何が」

「さて、何だろうな。……お前に心当たりがないんなら、良かったよ」

ケイスケは壊れたアヒルをヘッドボードに乗せた。ころころと何度か胴体に首を乗せては落としを繰り返し、そのうち、諦めて胴体と首を別に置いた。

「風呂入ってこいよ。今日は寮長が掃除当番だから、したらどやされるぞ」

会話を切り上げるように、ケイスケはそのまま布団をかぶってしまった。僕はスッキリしない気分のまま、内臓をゆすぐためのネットと、タオル、寝巻きをカゴに入れ風呂場へ向かった。

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