ユタカくん 4
「綿貫さん、午後、学校サボろうよ」
少しずつ落ち着いてきたのを確認して、僕は出来る限り穏やかな声で話しかけた。高校生の半日分の授業なんて、それほど大事なものでもないだろう。幸い、カバンはお互いに教室から持ってきてある。このまま二人で抜け出したところで、クラスが離れているから、妙な噂が立つことも多分ない。ない、と思う。じ、とこちらに顔を向けた綿貫さんは、あまり考える様子はなく、うん、と頷いた。
「ユタカくんは、戻らなくていいの?」
「いいよ。家はまあ……ひとり部屋があるわけじゃないから、無理だけど、どっか遊びに行こうよ」
真っ赤な目の綿貫さんは、どこかほっとした顔をしていた。
「その前に、ご飯食べていい?」
「いいよ、食べて食べて」
最近ハマっているらしい、甘い香りのクッキー生地で出来たパンをむぐむぐと食べるのを眺めていた僕は、途中で止めていたゲームの周回をキリのいいところまで終わらせ、施設のルームメイトに早退する事を伝えた。
学校のある駅から三つ離れた駅で降りる。同じ学校の生徒はもう一つ手前の、若者らしい遊び場で降りるし、ファミリー層へ向けた店は学校の最寄りにもある。近い割には、知り合いに会うことは滅多にないだろう、と踏んだのだ。やや大きめの商業施設には、当たり障りのないファーストフード店や小さいゲームセンター、百均なんかがある。昼ご飯を済ませたばかりの僕らは、ぼやぼやと歩きながら、季節の商品が並ぶ店先に入った。
「別に買うものはないんだけど、百均って、見かけると入りたくならない?」
「そういうものなの?」
何か話さないと、と思うのは、逆に気を使わせてしまうだろうか。二人でぶらぶらと店の中を歩き回って、綿貫さんはシールを、僕は本当にどうでもいいアヒルのおもちゃを買って外に出た。駅に着いた時にはまだ腫れぼったかった目もほとんど元に戻っていたけれど、どうやら憂鬱な気分はそう簡単に晴れないらしい。時々、スマホを見ながら複雑な表情をしている。
「ごめんね、二人で遊んでるのに」
「いいよ……親か、何か?」
つい、口が滑ってしまった。
「ん……ええと…………」
ほら、困っている。ぎゅ、とスマホを胸元で握りしめて、綿貫さんは視線を泳がせた。
「だ、誰にも言わないでね。あたし……あたし、大人の人と、付き合ってるの」
小さな、消え入りそうな声で綿貫さんが言った。それから、目にいっぱいの涙を溜めて、続ける。
「別れられなくて、どうしよう」
薄赤い唇がふるふると震えて、ぽろ、と涙がまた、こぼれ落ちた。
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