ユタカくん 2
眠いわけでもなく、何かするでもなく、だらだらとスマホを眺めていると、珍しく誰かが階段を上がってくる音がした。寝転がったまま出迎えるのも悪いのでこそこそと身体を起こす。慌てたような、怒ったような足音が近付くにつれて、ず、ず、と鼻を啜る音がした。階段の終わりを示す壁の向こう、最初に見えた左足の上履きの赤色からして、僕と同じ、一年生のようだ。
「……あっ…………」
びく、と一瞬驚いた顔は、真っ赤に泣き腫らしていた。戸惑う素振りを見せたその子は一瞬振り返って階段を降りようとしたが、少し迷ってからゆっくりと右足を前に出した。
「ど、どうぞ」
僕は伸ばしていた足をあぐらに座り直した。
「こっち座る?」
昇ってきた人に泣き顔を見られたくないかもしれない、と思いそう聞くと、うん、と小さな声で返事をして、そそくさと壁側へ座った。隣同士に座るわけにもいかないので、膝立ちで移動する。
「ありが、と……」
絞り出すような声が途切れ、女の子の顔から涙がぼたぼたと流れる。どう反応していいか分からず、ハンカチを差し出そうとするが、昨日洗濯に出し忘れたものをそのまま使っている事を思い出し引っ込めた。
「ごめん、昨日のやつだった」
そう言うと、ふぐ、と吹き出したその子は、しばらく顔を覆ってから、開き直ったように声を出して笑った。
「うぐ、ふ、ふふふふふ、あはは!ご、ごめ、なん、変なツボ、入っちゃって、んはははは!」
思わずつられて僕も笑い、しばらくして、お互いにようやく落ち着いた頃には、彼女はもうすっかり泣き止んでいたようだった。
「はー……ふへ、泣くためにここに隠れたのに、気分が台無し、ふふふっ」
「面白い事した訳じゃないんだけど、まあ、面白いならよかったよ、へへ」
彼女はソデで涙を拭いながら、かばんの中からコンビニ袋を引っ張り出した。ぱら、とレシートが落ちたのを、おっと、と言いながらかばんの中に戻す。
「……あ、ここで食べて大丈夫?」
「食べて食べて。一対一なら、そんな気にならないし」
静物は食事を摂らない、というのを、文藝街の外から来た学生は、道徳の最初の授業で学ぶことになる。消化するための器官がないのだ。口から中に詰めることが出来る人もいるが、何にせよ吐き出すなり洗うなりして身体の中から取り出す必要がある。僕の身体は残念ながら、口が開かない構造だったのでそれすら出来ない。取り出した胃に詰めることは可能だが。
「ユタカくん、だよね。人体模型の」
文藝街でも、一つの学校に何人も静物がいる事はめったにない。道徳の授業で学年全員の前に立たされる事もあるため、ほとんどの生徒は一方的に僕の名前を知っていた。
「うん、まぁ」
「あたしも『ゆたか』って名前なの。
そういうと綿貫さんは、惣菜パンにかじり付いた。
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