ユタカくん  1

 エイプリルフールなどという、嘘みたいな日に生まれた。静物せいぶつは春や秋の生まれが多いらしい。小さな町工場で目覚めた僕は、幸いにも処分される事はなく、専用の施設に引き取られ、テストやカウンセリングを終え、どうやら男子高校生らしい、と国に認定された。施設の用意した、寄付された誰かの制服に身を通し、ついでにおしゃれなカツラもつけて挑んだ入学式。始めは僕の姿を見て悲鳴を上げていたクラスメイトたちも、僕が怪奇現象やではないと知るとすぐに慣れたようで、とりあえず今のところは、それほど大きな不自由なく過ごしている。


 昼休みになると、クラスメイトたちは色とりどりのお弁当や美味しそうな購買のパンを食べていた。初めの一日二日はその輪の中でお喋りをしていたけれど、物が食べられない僕の前で食べることに、どうやらみんな少しずつ躊躇しているようだった。お菓子の袋を持ち寄って食べる時なんかは特に。何故か食べた事のないそれらの味が分かるだけに、少しツラいのも事実である。

 三日目から先は適当な理由を付けて、昼休みをひとりで過ごすようになった。毎日四限目の授業が終わると、誰もいない屋上の、厳重に閉ざされた扉の前でうだうだと時間を過ごしていた。せめてこの扉が開けば、爽やかな空の下で日向ぼっこでも出来ただろうけれど、今時の学校では開放されていることの方が珍しいだろう。この文藝街ぶんげいまちという奇妙な土地においては、尚更である。静物せいぶつの自殺は決して少なくない。それから、巻き込まれて怪我をする人間の数も。しかし鍵を掛けておいたところで、例えば教職員のように、その鍵を自由に使うことが出来る者にとっては無意味だと言うことが、つい最近よその学校で証明されてしまったが。

 とはいえ、太陽光で塗装剥げやら退色やら、とにかく劣化しやすいこの身体。高校三年間の間であったとしても、毎日日向ぼっこなんてしていれば肌荒れは免れないだろう。海が近いから潮風もひどく、自転車は新品でも数日でサビだらけになってしまう土地柄だ。そう考えれば、まあ、この陰気で薄ら寒い階段の踊り場というのも悪くないのかもしれない。金属のパーツもあるし。なんて自虐的に思いながら、今日もいつも通り、スマホのタイマーを昼休みが終わる五分前にセットした。ひとりでいるのは、割と苦痛ではないのは救いかもしれない。アプリのログインボーナスを回収しながら、僕はいつも通り、かばんを枕にして寝転がった。

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