ヤスハルさん  14

 夏が、また巡ってきた。入道雲がやたらに大きい夏空の下、ヤスハルさんは今年も海辺のドリンク屋台の横で、ラムネ瓶の入った金だらいに手をつけて涼んでいる。太陽の光はヤスハルさんの新橋色を砂浜に映し、波間に似た影を写していた。きらきらとした水面とガラス同士のぶつかる涼やかな音色は、今年も変わらず浜辺を彩っている。たくさんの人が騒ぐ声に、ぽん、ぽんとビーチボールが跳ねる音、それに負けじと鳴る堂々とした波の音が耳に心地いい。僕は、夜になれば毎日会えるヤスハルさんを、それでもこの大好きな海辺で眺めていたくて、定期を買ってまで通っていた。残念ながら今年は夏を楽しんでばかりはいられず、高校の時よりもぐっと難しくなった課題に追われていたけれど。


「順調?」

日陰で脳を茹だらせていると、ヤスハルさんが時折、仕事の合間に話しかけてくれた。これはヤスハルさんを眺めていただけの、これまでの夏にはなかった事だ。まるで氷のように冷たい指先で頭を優しく撫でるその手に、ついつい顔がにやけてしまう。

「ヤスハルさんに見惚れて、進みません」

「すぐそういう事を言う」

呆れたような、それでいて満更でもない顔でヤスハルさんはため息をつき、ことり、と持ってきたラムネの瓶を机に置いた。

「これ、色がほとんど同じでしょう?私の代わりに、可愛がってね」

なんてね、と少し照れくさそうに笑うヤスハルさんの向こう側には、境界の曖昧な空と海が滲んでいる。すぐに店に戻ったヤスハルさんの背中を見送って、手元に残されたラムネ瓶を手に取った。表面に浮かぶ結露を指で拭いながら、向こう側の海を覗き込む。

「ヤスハルさん、ずいぶん小さくなったなぁ」

一口飲むと、二酸化炭素の味と爽やかな甘さが舌に広がる。まだ開けたばかりのラムネには、ヤスハルさんの瞳と同じ色のビー玉が、泡をまとってしゅわしゅわと揺れていた。

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