ヤスハルさん 12
正直なところを言うと、彼の答えは何でもよかったのでした。わざわざ答えさせる事自体、いたずらにこの子の不安を掻き立てるだけだと理解しておきながら、敢えてその口から言わせた、その行動に特に理由はなかったのです。赤くなったり青くなったりをする顔でケーキを食べながら、時々こちらを
「へ?」
「こういう事、そういえばしていなかったなと思って」
再び耳まで真っ赤にした彼が、深呼吸をしてから口を開ける様子に、ついつい私も顔が
「私はどうしても、きみが好きみたい。きっとひどいことを言われたのに、何もつらくないのだもの」
すみません、と彼が慌てて言いました。二口目を差し出しながら、ようやく、罪の告白をしようと、決心したのです。
「私、今日の展示の作者に、一週間抱かれていたの」
少し、声が震えたかもしれません。言ってから、激しい後悔に襲われました。血の気がざあっ、と引くような、指先まで全部冷たくなる感覚。目の前の彼は、二口目を食べようと口を開いたまま固まりました。その口の中にフォークを入れて手を離すと、ぎこちなくそれを手に取り、ケーキを飲み込みました。
「ごめんね、これ以上の事を、話しても大丈夫かしら」
「こ……ここでは……ちょっと?」
すぐに食べちゃうんで。彼はそう言いながら残りのケーキをあっという間に平らげ、コーヒーとオレンジジュースを飲み干しました。
針の
「さっきの通りで、それ以上の事といってもあとは、その内容くらいだけれど」
なるべく平静を保とうと口にしますが、唇が震え、気でも狂ったのか、どうしても笑いが止められずに声に出てしまうのでした。
「私、きっとこれをやめられないの。ひどいでしょう?きみだって、もう少し責めてくれたらいいのに」
「責めるなんて、そんな」
「別に、必要に迫られてでもないのに抱かれているの。今回だって、下品な事をされて、それで……」
戸惑う彼をほとんど置き去りにしてべらべらと、もはやこれまで、と言わんばかりに罪の告白、否、そんな清廉なものでない、私は、明確に彼を傷付けようと、爛れた言葉を投げ付けて、蹂躙していました。
「ヤスハルさん」
彼のまともな愛情を塗り潰すような、醜い過去も、品性の欠片もない下劣な交友も、彼の見つめていた幻の、汚らしい裏側も、肩で息をするほどに、ほとんど叫ぶようにして全て吐き出し、とうとう尽きた時。彼は静かに私の名前を呼びました。その後に続くであろう、別れや侮蔑の言葉に怯え、身体が跳ねるのを自分でも感じました。きっと私は死にたくなるほどの、つらい言葉を、彼の口から聞くことになる、と勝手に思い込んでいました。目の奥から喉までが引きつるような痛みがあり、けれど、やはり私の目から涙が溢れる事はありません。死刑宣告を待つ咎人の気分で、彼の次の言葉を待ちました。
「僕は、それでもヤスハルさんを好きなんだと思います。だからこそ、と言ってもいい。いくらヤスハルさんがあなたを嫌いでも、僕は関係なくヤスハルさんが好きです」
唖然。彼の口から出たのは、無情な救いの言葉でした。私の精神の傷でさえ、彼の愛の対象なのだと、打ちのめされた気分でした。それから、彼は腑抜けた私をまっすぐに見つめ、にじり寄り、獣を鎮めるように丁寧に抱き締めたのです。暖かな腕の中で、私は、全てを諦め、彼に愛される覚悟を決めました。
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