ヤスハルさん 8
十二月の宣言通り、翌年の春から、私たちは二人で同じ家に移り住みました。彼の両親は多少戸惑いはあったものの、どうやら夏休みの、あの
「ヤスハルさんは、家でも厚着なんですね」
まだ少し肌寒い日もあるというのに、彼は半袖に短パンの出で立ちで言いました。
「ぶつけたりすると、欠けてしまうから。きみも、靴下は履いてくれるとありがたいのだけど。怪我したら大変だもの」
それはちょっとした冗談まじりでしたが、半分は本気でした。特に、二人で暮らし始めてからは、緊張しているのか、あるいは、どこか浮き足立っているのか、これまで用心して立ち回って生きていたのが、あちこちぶつけたり、引っ掛けたりなどして、以前より割れ欠けする事が増えたように思います。
「怪我をするのはきみなのに」
「僕、ヤスハルさんで怪我するなら、むしろ嬉しいくらいですよ。キスマークみたいで」
「馬鹿言わないの」
私はどこかにぶつけて欠ける度に必死になって破片を探すのですが、彼は呑気なもので、いずれ出てくると言ってそれを止めるのでした。
「また一週間くらい、留守にするね」
「お仕事ですね。さすがにこの歳でお留守番出来ないと思われると、心外だなぁ」
「そうじゃないけれど……」
結局のところ、副業については彼に打ち明けておりませんでした。恋人のような関係になって、同棲までしているというのに、私は未だ足を洗えずにいたのです。
「でも、そろそろ展示については、観に行ってもいいですか。写真だけは見たんです。きっと、綺麗なんだろうなって」
後ろ暗い気持ちを、見透かしたかのように彼は言いました。
「人前で裸になるような変態の、何が綺麗なものですか」
「ヤスハルさんも言ったじゃないですか。悪役や廃墟に興奮する人もいるって」
そういえばそんな事を、かつて言ったような気もします。醜く、見られたくない秘所を暴かれる感覚が、どうしようもなくつらいと感じたのは、生まれて初めての気分でした。何せ彼と会うまでは、ただの無機物として、下品に晒して、恍惚としてさえいたのですから。
「そんなに来たければ、来ればいいよ」
私は大きくため息を吐きながら言いました。気味の悪いことに、微かな熱が、私の意思などまるで無視して腹の底にありました。
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