ヤスハルさん  7

「私は……綺麗にきみを愛せない」

それは、とても図々しい結論でした。彼の純粋な気持ちに返すにはあまりにも暗い、真っ当でない答えでした。

「展示の、事ですか」

改めて言われると、やはりどうしても後ろめたく、胸がちくりと痛みました。画廊での展示はいくらでも写真が出回っていて、その中に己の、彼に見せたくない姿がある事だって、覚悟していたはずでしたが、それが本当に見られていたとなると、後からあとから絶え間なく押し寄せる洪水のように、私を責め苛んだのです。それも、展示の事だけじゃなく、葛西や他の好事家の相手だって、一つとして綺麗なものはありません。それはあの吉田の屋台でも変わらない事でした。私は、この優しい子供と会った日でさえも、割り切ったつもりで夜を過ごしていたのですから。

「それだけじゃない」

「僕、それでもいいと思って」

「きみも知れば嫌になる」

「なりません」

「どうしてそう言い切れるの!?」

ついに私は大きな声を出してしまい、慌てて口を押さえました。先ほどまで泣いていた彼の顔は少し驚いたようではありましたが、相変わらずのまん丸の瞳で私を見ていました。泣かせていない事にほんの少し安堵し、それから、もらったばかりの指輪を外すべきかどうか、逡巡している間に電車が到着しました。さっさと乗って、帰ってくれないかと心のどこかで祈りましたが、門限が近いにも関わらず、彼が電車に乗る様子はありませんでした。

「好きだから、です。本当に、それだけです」

私の両手を包むように握ると、彼は続けて言いました。

「ヤスハルさんが不安なら、もしよかったら、卒業してから二人で暮らしませんか。証明する、なんていうのは野暮かも知れませんが、もう少し、安心させられるかもしれない」

もはや、抵抗する気も失せていました。私は彼の甘さと、純粋過ぎる好意に耐えきれなかったのです。きっと涙が出るならば、今度は私が咽び泣いていたのでしょう。欠ける心配さえなければ膝から崩れ落ちたでしょう。心臓があれば、どくどくと脈打って顔を紅潮させ、汗が噴き出し、少しは可愛げもあったかもしれません。それら全てが出来ない、静物せいぶつの私は、ほとんど声にもならないような声で、はい、と言うのが精一杯でした。それを聞いて彼は、はしゃぐでも泣くでもなく、ほんとうに真剣な顔でもう一度、好きです、と私に囁いたのでした。そして周りに人がいないのを確認して、その場で、子供らしい真面目な口付けをしました。

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